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2016有馬記念~脱帽 その強さ精神力にあり

少しばかりのこの身の寒気を何とか我慢して、朝8時24分のレッドアローに乗った。池袋~大手町~西船橋。駅前から競馬場への運行バスを使うと、11時過ぎには招待ルームに到着する。いつも感じる関東1都2県にまたがる小さな旅。体調が悪いとシンドイ距離だ。 それでも行くのは、G1中毒症状なのだろう。それが私のクリスマス。でも、ここ2年続いていた私だけのサンタクロースは、今年は現れなかった・・・。 私のブログを見てくれている何人かの人たちから声がかかる。 「風邪はどうなの?」 「熱はないんだけど、だるくてだるくて・・」と、トロッとした眼で答えると、皆さん納得の表情。 午後からは日差しも出て来たので、一人静かにゴンドラの椅子に座ってコースを眺めていた。それだけではツマラナイので、9RのG2ホープフルSまでは、1000円札一枚取り出して6Rから8Rまで単勝10点遊びやら、枠連遊びで時間を過ごした。エネルギーの消耗を最小限にしたかったのだ。でも最初に取り出した1枚の1000円札が5枚ほどに増えてしまって苦笑い。 9Rは、ホープフルS。G2芝2000m。軸は藤沢和雄厩舎3頭目の刺客のルメール・レイデオロ。勝てば師走の2歳重賞は藤沢厩舎の完全制覇。まるで有馬記念の騎乗の予行演習をするかのように、あっさりと勝ち上がった。リーディングは戸崎圭太に僅差で譲ったとしても、2016年のルメールは、デムーロと共に印象度では圧倒している。さすがに最高獲得賞金騎手ではある。 そして本番。武豊キタサンブラックの現在の力は理解している。逃げ先行する馬の出走枠1枠1番が、どれだけ有利かも解っていた。しかし私は、事前に決めていたように今日は買わなかった。 3コーナーから4コーナーを抜け出すまでの騎手のテクニックと、直線坂を上りきるまでの激しい闘いを堪能しようと考えたからだった。 だから、ひとりゴンドラ席で、 「今日は大地の鼓動(サウンド)を聞きながら、宝石(ダイヤ・ルビー)や金(ゴールド)を探す旅に来たのだ」 とか呟いて、満足していた。 「金とダイヤをこの両手に」とも口にした。 そうでなければ、気迫のみなぎった直線の攻防が見られない。4コーナーを廻った直後に、武豊キタサンブラックに吉田隼人ゴールドアクターが並び、そこにデムーロ・サウンドオブアースとルメール・サトノダイヤモンドが押し寄せて、もしこの4頭が一瞬

まだ風邪が・・・朝日杯~阪神芝1600m

先週日曜からひいた風邪の症状がまだ癒えずに、ズルズルと1週間。今日は治る、今日こそは治ると粘って医者にも行かずにいるうちに、時間だけがあっという間に過ぎていった感じで迎えた朝日杯。 レースを考える思考能力もなく、ただただ見守るのみだった。身体の芯に力が入らず、フラフラ状態が続いてしまっていた。 それでも度し難く録画しておいたGCの最終追切を見て、サトノアレスとミスエルテの気配の良さは確かめたが、そこから先は頭が朦朧として考えられなかった。 でも、いくつか印象的だったことがある。 サトノアレスは選んで応援したが、ここしばらくG1に絡んではいなかった騎手四位洋文が、持ち前のふてぶてしい度胸を朝日杯でも臆せず発揮してくれるだろうか?勿論、ダービー2勝を想い出すまでもなく、もともと腕のあるジョッキーなのはこれまでの取材体験からしても理解はしていたが、現状では外国人騎手や地方出身のハングリーさに溢れた騎手の後塵を浴びているもどかしさは、少しばかり心配の種だった。 ミスエルテの上り33秒台の末脚は如何にも魅力的だが、フランケル産駒の2週連続制覇の可能性を思うと、2匹目のドジョウはそんなに簡単ではないのではないかとも思えた。世には出来過ぎた話は疑ってかかる方がいい場合が多い。 何故ルメールは、府中1400mの京王杯を鮮やかに勝ったモンドキャンノを捨て、ダンビュライトに乗ってくるのか?府中の1400mで通用したなら、阪神ならマイルでも大丈夫のはずなのに、敢えて騎乗馬を替えた理由が裏にあるのか?(そうした素朴な疑問に答えてくれる競馬マスコミはほとんどない) 1勝馬クリアザトラックに乗るデムーロは、自信あっての騎乗依頼なのか? こんなことを考えていると、頭がさらにフラフラして、まだ横になりながら決戦の時を迎えたのである。 四位洋文は少しも腐ってはいなかった。いかにも四位洋文らしい騎乗で、捲り上げるように差してきた。勝ちタイムは1分35秒4と平凡だったが、それ以上にサトノアレスの将来性を見せつける勝利だったと言えよう。 私が風邪を病んで苦しんでいる間に、何と藤沢和雄厩舎が現状での2歳牝馬・牡馬のチャンプ決定戦となるG1を連覇したのである。 2着はルメールが捨ててバルザローナに乗り替わったモンドキャンノだった。順調なら来春NH

囲碁と将棋

そう言えば、2年前の9月には、こんな夜を過ごしていた。                  (2014 9月 了) 将棋は、路地裏の縁台将棋に見られるような庶民文化。 囲碁は、教養人の嗜み。 などと、言われることがあるが、私自身は今では、盤上で木に触れるか、石に触れるかの差だと思えてならない。 石には石の魅力もあるが、しっとりとした木や画き込められた黒い漆の肌触り(彫り駒なら印刀の彫り跡となる)に、最近はより魅かれている。いや、嵌まっていると言った方が正しいだろう。 故藤沢秀行や、全盛期の武宮正樹らの盤上に置かれた石の格調の高さや意識された様式美に心弾ませていたが、今はコミも6目半に増え、日中韓の棋士が集い合っていることもあって、囲碁自体が何となく世知辛くなってしまった印象も影響しているかも知れない。序盤から終盤まで石がぶつかり合うような、言わばえげつない勝負は、どうにも好きになれないのだ。 でも将棋だと、それが逆にハラハラドキドキ感を呼び込んで面白く感じてしまうのは不思議である。まるで勝負の躍動感が、素晴らしい駒の躍動感と一体となって発散されてくるような、そんな気分になってしまうのだ。 銘駒の魅力は、そんな躍動感にもある。だから今夜もまた、届いた将棋駒や駒木地の写真を思わず眺めてしまった。                   

Oh!! タニシの交尾~自然の躍動感

2年前の5月下旬、こんな光景を眺めました。 (2014 5月 了) ふとメダカの甕を覗くと、何とタニシが愛の交歓の真っ最中。何とも艶かしく絡んでいました。ねっとりと絡まり合って、羨ましい程激しくです。やはり元気でなけりゃ、自然の中では生き抜いていけないなと妙に感心しました。 と、隣の池を見やると、去年は8月に咲いた蓮の花が、これも元気にまた花の蕾を広げています。 自然の中の命の躍動感。 それにしても、花って凄いと思います。エッ?何故って?だって、雄しべと雌しべを考えると、花は純粋に性器なんですよね。自分の性器を堂々と晒して、ミツバチや蝶を誘い込んで、それでも綺麗なんて言われる存在なんですから。 これには、どんな素晴らしいAV嬢も、ストリップ小屋の踊り子もかないませんもの。 ね、そうは思いませんか?

友人・知人・同志・仲良し・・・人と人の結びつき

(2014 5月 了) そう言えば、2年前にこんなことも考えていた。 友人・知人など、人と人を結びつける言葉がある。 何かの機会に一度知り合えば、すぐに友人としてしまう場合もあるが、友人と知人の間にある境目には、それを隔てる大きな河があると、そう思って生きている。 では、隔てるものは何かと考えると、それは相手のことを考えて接する思いやりの心なのではないだろうか。 そんな相手を思いやる心があれば、例え一瞬は憎まれてしまうことがあろうとも、相手のためを思って言うべきこと伝えるべきことは、きちんと伝える態度が生まれる。(勿論、それを発するパラダイム(基軸)がグラグラではどうしようもないのだが・・)言うに値する存在こそが、私は友人であると考えるのだ。遠慮なく言えるということは、逆の意味では、遠慮なく私の足りないことを言ってもらえることにもなる。だから誰でも友人という訳にはならない。その意味では、友人は少ないし、親友など人生に2・3人もいれば実に幸福なことになる。 例え立場が違っても、求める理念が同じなら、それは友人を超えた同志となるのかも知れない。 知人なら、敢えて憎まれ口を叩くこともないし、恙なく上手くやって、微妙なことは何も言わないでおけば、長い時間知人でいられる。会えば話の間にそれなりの情報は吸収できるかも知れないが、それ以上に関係が発展することはないだろう。人と人がぶつかり合うことを避けた関係だからだ。ぶつかり合う摩擦熱を避けて、分別ある大人の関係を続ける間柄が知人ということなのだろう。知人が友人に昇格するには、たぶん相性が大事となる筈だ。 知人にもならない関係もある。それは、何も言わないのではなく、何も言えない関係だ。人は、ある種の虚勢や都合のために、知っておきたい相手もある。この場合は、だいたいが相手が自分よりメジャーな存在で、自分自身がその相手を知っていることを他者に話すだけで有効な手段となる場合が多い。言わば媚びた関係で、相手にとっては手駒と思われているのだが、それを承知で関係の持続を求めがちだ。まあ、多少の便宜などは図ってもらえるだろうが・・。 こんな風に考えていくと、私の場合は、知人に比べて圧倒的に友人が少ないことの理由が判ってくる。私の単なる知り合いから、いい加減に友人・友だちと言われることも避けた

風邪ひき男と2016阪神JFと香港競馬

ついにこの冬の気温変化について行けず、土曜の深夜に寒気を覚え、日曜の昼には、鼻水や咳が止まらずにダウン。 そのまま薬を飲んでベッドから抜け出せなかった。体の芯に力が入らず、頭もフラフラして、寒気が増した日曜の午後。 ふと、体を温めるなら少しだけウィスキーを飲んでみたらどうかと閃いて、即実行。確かに体だけは温まったが、思考能力は停止状態。 横になったまま、やっと眼を開けて、GCで2歳牝馬チャンプ決定戦である阪神JFと香港競馬の実況を眺めたのだった。 頭をフラフラさせながらも、香港ヴァースのモレイラ・サトノクラウン、香港Cのムーア・モーリス、阪神JFのルメール・ソウルスターリングの見事に弾けた差し脚に目を見張った。どの馬も、馬が最後に弾けるというのはこういうことだと、最良のテキストを見せつけてくれたのだ。 サラブレッドが仕上がった状態というのは、肉体と精神が共にバランスよく完璧なコンディションとなることだ。どちらかが欠ければ、結果にはつながらない。 その意味で、香港で2勝した堀厩舎の陣営も、阪神で勝った藤沢厩舎の陣営も、その仕事ぶりは、プロフェッショナルな成果として称えられるべきだろう。 いいものを見た。 しかし私の体調は、風邪がまだ尾を引いていて、今朝も最悪の状態である。 もどかしい。

駒作りの心

(2014 3月了) 2年前に、こんなメールをある若手駒師に送ったことがある。 『ご連絡ありがとうございました。 今日のメールで、熟練のホストのように、世にある駒子さんたちをじっくりと愛撫してやればいいのだと理解しました。 そして、そこには秘伝のテクニックが確かにあるのだということも知りました。先っちょを短くしたり、縦に思いや意識を定めたり、時計の反対周りでくすぐって見たり、弁慶のように100人切りですか・・・。 ああ。何と世の中は広く、凄いものなのでしょう・・・。そうしてかつて鍛えた龍山などは、やはりいい男ですもんねぇ。女房には逃げられましたけど・・・』 駒を作るということが、実は、男が女に(或いは女が男に)施す愛撫と同じなのだと気づいたからだった。 彫埋状態に仕上がった駒子さんたちに、ドレスアップとメイクアップを施して、自分にあった筆先の長さで、じっくりとしかし大胆に漆の愛撫を加えて行く。そそり立つ縦線に気を払い、クルッと払う筆の向きにも気配りし、その愛撫はエクスタシーの頂点へと向かう。 そしてようやく一枚の盛上げが出来上がっていく。後戯は漆の乾きに施される。縮ませず滲ませずと・・・。 愛撫の技法は、それこそ細やかに絶頂に導くものでなくてはいけない。その上で、経験を積み上げて、技を巧みにしかし自然に高めることも要求される。 おお、ならばそれは、この世の何処かにいるという、あの伝説の棹師の世界ではないのか? そうなのだ。おそらく駒師たちは、それぞれに理想の女(或いは男)を手先の技法によって「いかせる」ようにして駒を作っているのだ。それは同時に、数をもこなすことさえ要求される。最終的には、かの吉原の花魁たちを総揚げして、皆をいかせ切った奴が、淫靡なる世界の深みや重さの表裏全てを知り抜いて勝つのだ。 もしその技を見て、ガサツな仕上げや、作り上げた顔のドレスアップやメイクアップに不満を抱いたとしたら、それは、異性を絶頂に導く技法の未熟さ故ということに他ならない。異性をいかせられない駒師は、作品の魅力を生み出せはしない。 そう考えると、またひとつ駒というものに興味が湧いてくる。うん、面白い・・・。 あとは世に蔓延る俗説に惑うことなく、本物の審美眼、本物の感性で、本物の作品の味や香気を体得できる

2016チャンピオンズC~中京ダート1800m

出来上がった作品のチェック作業に入ると、どうも他のことが後回しになってしまう。特に「書き下ろし」で新境地に挑んだ場合には、これでいいと安心できる根拠がまだ希薄なので、どうも心が落ち着かずにざわめいてしまうのだ。締め切りがあってないようなときが、最も辛い。こんなときには、傍で誰かが「いいね」と一言囁いてくれると寒い心も温まるのだが、世間は優しくない場合が多い・・・。 で、先週の土曜。贔屓のムーア・アルバートが中山ステイヤーズSを、池添謙一ヤマカツエースが中京金鯱賞を勝ち、日曜を迎えた。 師走のダート日本一決定戦チャンピオンズC。以前のJCダートの名残のレースだ。 有馬記念の後、暮れの大井で東京大賞典があるので、祭りで言えば宵宮の感じが拭い去れない。JC時代の方が、何となくイメージが鮮烈だった。 中京のダート1800m。ともすれば直線だけの攻防で決着するイメージがある。ある程度のペースで行った先行馬が、坂のある長いホームストレッチでゴール前で疲労度を増して脚を鈍らせた瞬間に、4コーナーを廻って残り400m地点からレースに絡み始めた追い込み馬が迫って、ゴール直前の50mで決着するパターンが多い。 先行馬がそのまま粘れば、強い先行馬となり、追い込み馬が差し切れば、鮮やかな追い込み馬として称賛されるのだ。どっちに出るかの2者択一と言える。 今年もそうだった。直線でダート戦6連勝馬・武豊アウォーディーが抜け出したが、ゴール前で脚を鈍らせ、残り400mの追い込み馬大野拓弥サウンドトゥルーに差し切られたのである。 3着の人気薄和田竜二アスカノロマンも先行して足を鈍らせた形で、4着津村明秀カフジテイクは最後方からの残り400m組だった。 このレースは両極端の勝負馬が結果に絡んでくるのが面白い。 結局、3人の世界レヴェルの騎手たちが乗った人気馬たちは全滅。すると大野拓弥、和田竜二、津村明秀のようないぶし銀の騎手たちが浮上する。私見だが、これらの騎手たちは時流に乗った騎手の裏側で腐らず奮闘しているし、彼らの精進こそが、実は競馬を最高に面白くする力となるのだ。何事も表だけでは成り立たない。表と裏が複雑に入り組み合ってこその世界なのだから。 とかく勝負事は、眼光紙背に徹し、表と裏を確かに見分けなければと、初稿の原稿

金魚を飼おうか⑥~ランチュウの成長5か月目に突入

もう師走。 ようやく2016の年初めに決めた目標の一つが、昨日、形になって喜んだが、よくよく考えるとまだ1/4しか終えてないのにもう師走なのだから呆れてくる。これも実力の証さと居直るしかない。 でも金魚を見ていると、時間の経過は確かな成長となっているのが解る。 私の手元に来て早5か月目に突入。9月からはずっと室内の金魚桶で飼っている。小さなエアの濾過機はつけているが、あとは毎日の餌やりと、週に1度の水替えで、もう何の病気もせずに日々成長を重ねている。 何度も書くが、相撲取りを育てている気分で、だいぶ腹回りや頭の肉瘤がしっかりとしてきた。こちらの気分を癒してくれる存在となっている。 外のメダカはもうあまり餌をやらない季節となっているのだが、室内では昼間は15℃ほどに上がるので、今は日に1度気温が上がったときだけにしているが、痩せてはこない。もっと寒くなったら冬眠させることになるだろう。このままだと年明け辺りと予想する。                                                       オランダ獅子頭も少しづつだが大きくなった。ランチュウの方が大きくなるスピードが速いのがちょっと不思議だ。                 今日は秩父夜祭の大祭。連発する花火の音にビックリしなければいいのだが・・・。

2016 JC~東京芝2400m ないもの強請り

11月27日JC。 少し遅れて12時半近くになって「優駿」招待ルームに到着。 部屋に着く前に、ちょっと一服と喫煙所の扉を開けると、何と春以来の再会となる大内9段が座っていた。 とはいえ、私にとっては、名人戦速報や囲碁将棋チャンネルで、タイトル戦の立会人の様子や囲碁の棋力向上委員会に登場した姿を見ていたのでご無沙汰していたとは思えなかった。 しばらくこの場所でおしゃべりタイム。駒のこと、孫弟子のことなどいろんな話題が出て、私は自らが体験したり見聞きしたことを、心おきなく話題にした。「人間の本質なんて判らないものですね」などと。 最近関心事となっている将棋界のよもやまのことについては、大内9段はこう教えてくれた。「仲間が仲間を売るような関係式になっていますよね。こんなことは良くはないんです。同じ将棋の道を歩む者同士は、互いに競争者であり仲間でもあるんですから。弟子から明日の棋士会に出席して下さいと誘われていますから、明日は行こうと思ってますよ」 昼の松花堂弁当を食べながら、私は今日のJCを思い描いていた。 「今日ここに来たのは、ホームストレッチでの底力を問われる攻防を見たいがためだ。1枠1番を利しておそらくキタサンブラックが逃げる。今日のメンバーならある程度弛まないペースとなって、直線はゴールドアクター、リアルスティール、最強の2勝馬サウンズオブアースらが波状攻撃を仕掛けてくるに違いない。耐えきったらキタサンブラックは名馬の尊称を改めて不動のものにするし、あるいは差し馬たちの連続攻撃の前に負けるとしたら今日なのかも知れない。でもそんな厳しいレースが見たいものだ」と。 しかし、そんな大きく期待したドラマは、実は何も生まれなかったのである。 スタートしてやはり先頭に立つ武豊キタサンブラック。そのペースは前半5F61秒7。2番手に田辺ワンアンドオンリーが楽に追走できるぐらいだから、1着賞金3億円のJCとは思えない流れとなってしまった。 逃げ馬を有利とするか不利とするかは、競馬においては2番手の馬の動き次第だ。ピタッと逃げ馬をマークして圧力をかけたなら、逃げ馬自身が自分のペースを失って不利となる。しかしワンアンドオンリーが2番手の競馬では、キタサンブラックは7分か8分の力で自在に逃げられた。武豊のゴーグルの奥でほくそ笑む顔すらが、もはや第1コーナーで浮かんだ。 案の定、

降着と失格のジャッジ  2016 マイルCS~京都外回り1600m

直線最後の1F(200m)地点まで、2016マイルCSは、ハラハラ・ドキドキと観る者の胸を躍らせる緊迫感に満ちていた。 ここしばらく6F戦で好成績を遂げていた浜中俊ミッキーアイルが逃げ、それをマークするように夏の札幌記念を勝ち抜いたR.ムーア・ネオリアリズムが続き、外からC.ルメール・イスラボニータが伸びようとしていた。サトノアラジン、ディサイファ、ダノンシャークも好位でせめぎ合っていた。 最後に底力を示してマイル王の覇権を手に入れるのはどの馬なのか、レースの興奮は頂点に達しようとしていたのである。 だが・・・。 浜中俊の右ムチ連打の励ましを受けたミッキーアイルが、ゴール直前に大きく左斜行。ネオリアリズム。サトノアラジン、ディサイファ、ダノンシャークらが進路妨害を受け、まるでドミノ倒しのようにひしめき合ってしまう不利を受けてしまったのだ。それでも浜中俊は右ムチを連打し続けていた。 ゴール直前、この日最大の勝負処でのの混乱だったので、それはレースの結果に直結する事態となった。 すぐに審議ランプが点灯し、場内には審議の告知が流れた。 降着か、失格か、あるいは表面上何ごともなかった様なセーフの決着か、それは裁決委員の良心を賭けた裁定を問われる事態だと言えた。浜中俊がキープストレートというフェアな競馬の掟を守ろうとして、右ムチ連打を控える騎乗の修正を図った努力の跡は、はっきり言って見られなかった。勝負が決着する瞬間だっただけに、確信的に狂うように勝つことを求めようとしていた。勝負する者としての騎手が、勝利を求めて狂うように追うことを否定はしない。それは観る者の心を揺さぶって止まない貴重なことだ。しかしそれも、他馬に危害を与えないという条件付きのものである。 もしこれが勝負の決着として許されてしまうのなら、ルール改定前のことだったとはいえ、かつての春天皇賞ニシノライデンの失格や秋天皇賞のメジロマックィーンの18着降着やエリザベス女王杯のカワカミプリンセスの12着降着など、いったい何であったのかということにもなりかねない。それは裁決への不信にもつながってしまうだろう。競馬への信頼をも揺るがしてしまうに違いない。 結果は、 『最後の直線コースで、16番ミッキーアイルが外側に斜行したため15番ネオリアリズム、2番サトノアラジン、1番ディサイフ

江戸いなり

その昔、江戸に伝わった「いなり寿司」があるそうだ。 その名も「江戸いなり」。 ものの本では、油揚げを湯鍋で煮て、油分を落とし水洗い。 その後、黒糖を使った甘い砂糖醤油の鍋でじっくりと煮込んだ油揚げに、握り鮨用のシャリよりも2倍から3倍ほどに酢をきつめに利かせた鮨飯を挟み込んで作ったいなり寿司である。黒糖を使うと、揚げは黒っぽく仕上がるようだ。 甘過ぎるほどの揚げと酢が効いたシャリが、味わう口の中で見事にマッチして、深みある味のいなり寿司が出来上がる。 本気でやると、よく揚げに甘味を染み入らせるために、2日ほどかけて手を加えた方がいいらしいが、思い立ったらすぐに食べたいのも人情で、少しばかり知恵を絞ってやってみた。 とりあえず圧力釜で、半分にカットした油揚げを湯で煮たてる。シューッと吹き上げ始めて5分ほど。 蓋を開けて、次は油揚げを水洗い。 次に洗った圧力釜に醤油と黒砂糖を注ぎ込む。しかしキッチンを見渡しても今日は黒糖が見当たらなかったので、替わりにザラメと白砂糖で代用した。気分で砂糖を引き立たせるために少しばかりの塩と味の素を隠し味で追加もした。かなりの甘さにしてみたつもり。 指先に少しつけて舐めてみても甘く感じる。とすると例えば佃煮にも、かなりの糖分が使われていることを知る。 そこに洗い終えた油揚げを入れて、点火して吹き上げ始めて10分ほど待った。(結果からすると15分程がいいかも知れない) 圧力釜が冷えて中身が取り出せるようになるまで、そのままにしておく。 次は炊き上がったご飯に酢を打つ。酢、多めの塩、ほんのささやかな砂糖。酢を多めにして(大胆にだ)、湯気が上がるご飯に均等にかけて混ぜ込む。何度か失敗してみると、そのうちコツが解って来るから、これはやってみるしかない。だけどこの鮨飯は、それだけで食べるとかなりきつめの味がして、本当にこれでいいのかと一瞬不安に駆られるのだが、それでいいのだ。 後は、油揚げを軽く絞って、中にシャリを入れ込んだら完成である。 今日のところはこうなった。         たぶん黒糖を最初から使えば、もっと黒っぽい「江戸いなり」が完成するはずだが、今日はあり合わせで我慢しよう。 試しに一口。ほおばった瞬間に、ただ甘いだけのそんじょそこらにあるいなり寿

2016エリザベス女王杯~京都外回り芝2200m

日曜の夕方から、重い病で寝込んでいた。 と言っても、新型ウィルスなどによる発病ではなく、ずっと以前からある伝統的な奇病なのだが・・・。 それは、1着3着病という重病である。 この病がたちが悪いのは、限りなく輝かしい希望に近づいて、その最後の一瞬にズシンと心を傷つけるからだ。まるでほくそ笑む死神につきまとわれてしまったような暗い気分で、何も手につかなくなって打ちひしがれてしまうのだ・・・。 2016エリザベス女王杯を終えた瞬間、私の身体から力が失われて、暗鬱な沈黙に支配された。 それもそうだ。トライアル府中牝馬S。ラスト3F33秒5の差し脚で力強く弾けたM.デムーロ・クィーンズリングの完勝ぶりを見て、エリザベス女王杯は、この馬と、浜中俊ミッキークィーンの一騎打ち。おそらく天気がもって高速馬場の瞬発力勝負となる本番では、時計のかかった昨年のこのレースや宝塚記念を勝った蛯名正義マリアライトは人気でも消えると踏んで挑んだエリザベス女王杯だった。マリアライトは34秒台の脚で勝ち切れるときこそが出番となる馬だと見極めていたからだ。 1コーナーで、福永祐一シャルールの内斜行の影響をドミノ倒しのようにまともに受けて、大きく後ろに弾き飛ばされたマリアライトは、この時点で価値を失くしてしまったが、もし仮にそれがなかったとしても、おそらく勝ち切れる態勢までは作れなかったろう。 中団インから、クィーンズリングが33秒2の脚で弾けたからである。クィーンズリングは遂に完成期を迎えたのだと言い切れるのではないか。 1枠1番からの出走となったミッキークィーンは、道中も中団インを確保し、ゴール前も33秒6の脚で伸びてはきた。が、第4コーナー辺りのこの馬らしくないモタツキが、半年休養後の緒戦ということだった。それでもこれまでの実績を考えれば、このエリザベス女王杯で、私自身がミッキークィーンを外す訳にはいかなかった。ファンとはそういうものだと思うが、3着まで来るのなら、もっと上位を確保して欲しかったというのも本音である。 今回、クイーンズリングとミッキークィーンを大本線にして、あと1頭ほんの少しだけ押さえる馬を見つけ出そうとしたとき、嘘も隠しもなく選ぼうとしたのは、馬ではなく騎手だった。とすれば、残るのは世界のR.ムーアか今や日本のC.ルメールしかいない。 そ

金魚を飼おうか⑤~ランチュウの成長4か月経過

金魚を飼い始めてそろそろ4か月。 9月の長雨の頃から室内の金魚桶で飼うようになってからは順調に大きくなっている。 今は、もう12㎝ほどに育った。頭部の肉瘤も特徴的に段々と育って、ランチュウらしい雰囲気が生まれている。 最初は5匹だったが4か月の間に飼育の失敗(山の気温長変化や長雨を甘く見ていたからだった)もあり、生き残ったのは3匹。 でも生き残った個体は、強く、大きく、太くなっているので、今はもう多少は安心だ。 見るからに立派に成長している。 稚魚で黒かったオランダ獅子頭はも、ここまで成長した。 現状では、1匹が少し胴長で、もう1匹は背びれが白くなって変化している。でも展示会に出すわけでもないので、とりあえずどんな風に大きくなるかということだけが関心の的だ。 もう間もなく迎える冬の季節。さてさて無事に越冬させてやることができるかどうか、気温変化が大きい山の暮らしなので、少し心配している。

さてさて鮨でもつまもうか

先週の初めに左下奥の「親知らず」を抜いたのだが、この歯がなかなか土台がしっかりした歯だったので、いまだに歯茎に大きな穴が開いていて塞がらず、少しばかり痛みもあり、何を食べても力強く噛めないのであまりおいしくもない。 さてさて、こんなときにはどうするかと考えてみた。 ならば、バーチャルで鮨でもつまんでみようかと考えて、画像を検索して並べてみた。(悪意なくランダムに好みのおいしそうな写真を使わせていただきます。お許しあれ) さあ、老舗の鮨屋「鶴鮨」の開店準備が整いました。 「へぇ、いらっしゃい!」と、元気で景気のいい声に迎えられてカウンターに座り、とりあえず酒とつまみのお刺身で胃を和ませる。 そして握りを注文する。 私の場合は、こんな順番にだ。種類を楽しみたいので1貫づつ。 季節にもよるが、貝から入る。初夏から夏がおいしい。 akagai aoyagi torigai nihamaguri 次に ika madako saba syako そして   kohada 勿論初夏からはshinko madai 白身の鯛は塩が美味い kurumaebi 貪欲にuni・ikura まだまだいける。 aoriika geso anagoは外せない buri・harami maguro・大トロootoro maguro・赤身・akami そして締めには、 tamagoyaki wasabiを利かせたkanpyoumaki いやいや、ここまで食べたら満腹だ。お腹の中も水族館! でもバーチャルだから「鶴鮨」へのお勘定はなし。 ああ食べたいなと喉がゴクリと鳴るが、痛みの残る歯茎の大穴に舌先が当たると、我慢も聞く。 早く治して、本物の鮨屋に駆けつけたい気分。 でも、こうやって好きなものを並べてみるだけでも、それなりの満腹感が沸いて満足できるのが不思議だと発見した。 たまにはこんな遊びもやってみるものだ・・・。 (使わせていただいた写真に感謝であります)

秋天皇賞~東京芝2000m

週明けに右奥の親知らずを抜歯したのだが、これがなかなか土台がしっかりした歯だったので、歯茎にポッカリと大きく穴が開いてしまい、まだ痛みもあるのでじっとしていた。 で、今朝ようやく4日前の10月30日に戻る。 この日、朝9時半のレッドアローで東京競馬場に向かった。秋津で乗り換えて府中本町まで1時間半の道のり。いつものダービールームではなく、今日はラウンジシートでの観戦だ。でも集まるのは、「優駿」招待ルームで顔を合わせるいつものメンバーだから、余計な気を使うことはない。 最初に挨拶したのは矢野誠一御大。 「夜は、木下順二の10年忌の集いがあり、定例コースの三松での飲み会には出られないのでゴメンナサイ」と言いながら、万札を1枚出して「これで皆さんにビールでも」と、さっそくのカンパの申し出を受けた。 「いえいえ、とんでもありません。せめて天皇賞を勝ってからにして下さいよ」と答えると、 「いいんだから。実はねぇ、菊花賞を獲ったんだよ」とニヤリ。聞けば相当の収穫だったようだ。 それを聞いて、ハナ差の3着で悔しい菊花賞を終えた私は、遠慮なく頂いて、この好意を後からおいおいやって来る皆さんに伝えた。「少しは見習いましょうね、皆さん」と。 天皇賞での私の結論は決まっていた。金曜日の湿り気で、どうやら時計がパンパンの良馬場よりも1秒半ほどかかっているような気配だったが、それでもヨーロッパ遠征帰りの武豊エイシンヒカリを外そうと考えていた。G1戦とはいえ、彼の地での緩い時計での逃亡劇を消化した後では、それが鬼門となると思えてならなかったからである。 勝負処は、直線の坂の手前辺りから。逃げるエイシンヒカリを狙って、ロゴタイプ、ラブリーディ、モーリス、リアルスティール、ルージュバックらがいっきに動いて攻め上がってくるだろうポイント。その波状攻撃にエイシンヒカリは耐えられないというのが結論で、安田記念を獲らせてくれたロゴタイプも今回は苦しいだろうと見た。 だから応援するのは、モーリス、ルージュバック、リアルスティール、ラブリーデイの差し馬の組み合わせ。家を出るときには、やはりわざわざこの日に合わせて日本に来るR.ムーアの騎乗するモーリスが頼りになると決めていたのだが・・・。 昼を過ぎて、中野「廣」のママさんから、差し入れの海苔巻も届いてお腹が満たされると、何となく東京競馬場にピクニックに来て