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5月, 2016の投稿を表示しています

2016日本ダービー~騎手川田将雅の嬉し泣き

五月晴れ、快晴の東京競馬場。 朝から府中に向かう電車は込み合っていた。その理由は、日本ダービー直前に判った。東京競馬場に集った大観衆は、15:00現在で13万人を超えていたいたのだ。レコードタイムが刻まれ、その上位馬たちが順調に調整されて迎えた日本ダービー。 果たしてどの馬が、王者となって頂点に昇りつめるのかと、心を躍らせて観守りたいる気分が、ファンを競馬場へと誘ったのだろう。 私もその一人だった。 皐月賞の強風の天候、掛かったリオンディーズが作ったハイペースのレコード決着を考慮すれば、まだまだ出走馬の力の序列は定まったとは言えないと、私はずっと考えていた。 レコードタイムの皐月賞馬の誕生は、ハイペースの流れを自らに利したひと追いが生み出したものだとみていたのである。ならば、ハイペースの流れの中でそれでもゴールまで耐えきろうとした馬たちには、まだまだ復権のチャンスがあるのではないかと思えてならなかったのだ。 だから、それなら臆することなく心から応援したくなるような馬に絞ってみようというのが、今日の第83回日本ダービーにおける私自身の最大のテーマだった。 とはいえ、ディープインパクト産駒3頭、キングカメハメハの産駒2頭の皐月賞上位馬5頭の勢力図が大きく変わったなどとは少しも思えなかった。おそらく皐月賞2着馬マカヒキから、リオンディーズ、エアスピネル、サトノダイヤモンド、ディーマジェスティを買えば、馬連馬券は獲れるだろうと予感していた。 しかし、それではつまらない。もっと絞って手厚く仕留めなければ、ダービーに参加する醍醐味はないじゃないか? そう、妙に強気だったのである。 強気になった理由は単純だった。ここしばらく(と言っても、東京開催になってからのことだが)、何となく閃いて運試しと思って少しだけ購入すると、奇妙にそれが的中するのだ。土曜も、午後からGCを軽い気持ちで眺めていたのだが、9Rの富嶽賞ダート1400mで、ふと閃いてルメール・アナザーバージョンから戸崎ラテラス、関西で頑張っている中谷雄太ケイリンボス、蛯名クワドルーブルに3点馬連で流してみたら、ケイリンボスが勝って2着がアナザーバージョンと決まって77倍。それ以上深入りしなかったからダービー資金ができてしまった。つまりダービーを負けても、マイナスを背負わずに元に戻るだけというある

My Book  勝者の法則

           この大型ヴィジュアル本は、いつ手にとっても、新鮮な輝きを放っている。撮り下ろしのカラー写真を駆使してまとめられた内容は、競馬ジャンルの読み物として、それ以前もそれ以後も例を見ない画期的な本となって完成した。その自信は、今も私自身を支えている。 『この本が今から 20 年以上も前に書かれたとは到底思えない。カラーグラビアを多用したデザインの大型本。みずみずしい文章力で、騎手の何たるかが描かれている。ここで書かれた騎手たちは幸福な男たちである。今ではこれほどまでに騎手と言う人間に迫った内容の読み物を読めはしない。 徹底した取材をして良質の読み物に仕上げた鶴木遵にも頭が下がるが、取材を受けた当時のバリバリの騎手たちの心意気にも感心させられる気がする。 今では、多くの登場人物たちが調教師になったりしているが、彼らの眩しく輝いた青春物語としてぜひ文庫にして欲しい 1 冊だ。勿論、今バリバリの騎手たちの物語も読んでみたいと思うのだが・・・。いつの間にか、こんなきちんと語られた良質の読み物が競馬から消えてしまっているのが寂しい限りである。 登場人物の中で、武豊、柴田善臣、田中勝春がいまだ現役トップジョッキーの座を死守している。頑張れ!』 以前にこんな感想を頂いた。 嬉しい限りである。 騎手の徹底取材をやり遂げてきた身として、ひとつだけ言えることがある。ある騎手が譲れない勝負に挑むとき、そこに表れるのは、その人間の持つ人間性そのものだということだ。 結局は、人や人となりを読めば、どんなときに譲れない勝負に挑んでくるのかということが、イメージとして第3者にも判ってくるものである。しかしなんでも笑いのバラエティショウ化してしまう今のメディアには、もうその人間そのものに迫るような映像も読み物も決定的に失われている。 それは、多くの競馬ファンにとっては勝ち馬を推理する重要なファクターすらもが失われていることにもなる。 その意味でも、この本の存在理由は、時間を超えてあるのだと思っている。 しかしこんな現状だからこそ、そのことに反旗を翻して書き抜いた私には、逆に幸いだったのかも知れないのだが・・・。 明日、日本ダービーを迎える前に、どうしてもこのことを記しておきたい気

チャンピオンは眠らない

  過去に綴った本であっても、それを手にする度に、あの頃の自分に戻ることができる。それは何と幸せなことだろうと、そう思える今日この頃。 想い出が詰まった作品は、時間をも超えられるのだろう。 相当に時間が経ってはいるが、それでも中身は色褪せてはいない。 2冊の拙著を、改めてご紹介する。 「チャンピオンは眠らない」(97年) この本は、私にとって2度目の節目となった単行本である。 「勝者の法則」を経て、ずっと騎手という存在を追い続けて取材をしていたが、この本が刊行されることでひとつの区切りとなった。 第1章は、騎手田原成貴とマヤノトップガンによる97年春天皇賞の物語。当時の最強馬横山典弘サクラローレル、武豊マーベラスサンデーとの威信を賭けた死闘の裏側を徹底的に検証して探った。(これは2回に分けてJRAの優駿に掲載された) こんなノンフィクションは、おそらくそれまでの競馬には無かったと今でも胸を張れる作品である。 あの頃、ダービー2勝ジョッキー小島太が、調整ルームなどで若手騎手らに語ってくれていたという。 「お前らなあ、鶴木に取材されて、初めて一流ジョッキーなんだぞ!」と。 これは騎手による最大の褒め言葉だったろう。人知れずの努力が報われた気がした記憶がある。 その後、調教師になった田原成貴は、皆さんご存知のようにドラッグの海に溺れて、自身の成し遂げた数々の栄光の足跡を汚してしまったが、少なくとも現役ジョッキー時代は、現代の類稀なる勝負師であったことは間違いない。その評価は今でも変わってはいない。 乗り代わりや、障害騎手の現実、おもろい奴らなど、騎手を取り巻くすべてをこの中の作品で語りきったと思う。 言わば集大成の騎手物語である。 確か終章は、小島太の引退をテーマに、グッバイ太。彼と青春の時間を共にした体験を持つ塩崎利雄が、馬券に関わる2億の借財に追われていた体験まで語ってくれたことは、実に印象的だった。 今でも一読の価値は、充分にあります。古本なら、もう500円以下でしょう。お買い得ですよ。 「チャンピオンは眠らない」を通過して、私は、ついに調教師の世界を描くことを始めた。それが、10年もの間刺激的に続いた「調教師伊藤雄二の確かな目」である。 伊藤雄二調教師とのことは、また次の機会にじっくりと。

ラッキーデイ?なのか・・・?

電気ドリルの傷の手当てに病院通い。それでもただでは起きなかったというお話です。 <2012 12月 了> 昨日、病院で怪我の治療を受けた帰り道、ふと思いついて近くのブックオフに寄ってみました。 とりわけ何かが欲しいというのではなく、ついででしたから。 とりあえず趣味の本のコーナーへ。 競馬本の棚には、何と私のものもありました。105円で売られていると、ちょっと哀しい気持ちになります。まあ、お買い得で喜んでくださる人がいるんだと、沈んだ心を奮い立たせます。 すぐ隣に囲碁将棋本が数冊並んでいます。覗いて見ると、平成6年発行の「羽生の頭脳8」(ひねり飛車と相掛かりの巻です)がぽつんと置かれてありました。やはり105円です。  汚れひとつない状態でしたから、よしと思って中身も見ないでカウンターへ。 車に戻ってゆっくりと開いてみると、新品同様のこの本は、何と、     そうです。署名入りのものだったのです。柄にもなく、嬉しくなってしまいました。偶然にも、掘り出し物を手にして、得をしたような、そんな感じで。これは無欲の勝利でしたね。 このとき思いました。果たして価値とは何なのだろうか?って。関心がなければ、105円で叩き売っても損失感は生まれず、関心のある側には、大きなお得感が生まれます。資本主義の大きな盲点に突き当たったような気がしてなりませんでした。 さらに言うなら、熱い欲望の熱気で、関心と関心がぶつかり合うと、資本主義では高額な価値が生じるんです。誰も欲しがらなかったら、全ては二束三文なんですから。オークションなど、その際たるものです。 人間というのは、日々自らの関心の中でしか生きていないのかも知れません。 いずれにせよ、こんなささいで小さな幸運を引き寄せていると、それがある日突然大きな幸運に変化することを、勝負師たちは、体験で知っているんです。運の流れというのは、そういうものだと。 ひょっとしたら、最近病や怪我で不運に見舞われていた私にも、ほんのわずかな流れの変化が訪れ始めたのかも。そう思うと楽しくなるので、そうだと信じておきましょうかねぇ・・・。

電気ドリルの恐怖

 こんなアクシデントもあった。 扱いを間違えると道具は凶器に変わる可能性があるということを、痛みを持って学んだ。 <2012 12月 了> いやはや、一瞬どうなることかと・・・ 昨日は北風が止み、少し温かかったので庭で電気ドリルを使って作業をしてみたのです。ずっと体を動かしてなかったので、社会復帰に向けて準備をしておこうかと考えて。 一通りの作業を終えて、何とかなったなと納得して、おそらく気が緩んだのでしょう。 右手に持った電気ドリルがすべり、左手の人差し指と中指の付け根に当たり、皮膚と肉を噛んでしまいました。 「痛ッ!!」 と思ったときには、もうえぐられてしまっていました。情けないやら、痛いやら、恐ろしいやら、もう何とも言えない不思議な心境で、この悲哀に私は立ち向かわざるを得なかったのです。 出血はそれほど多くはなかったんですが、ズドーンの次にはヒリヒリとした痛みが沸き起こります。 軍手が絡んでドリルの回転が止まってくれたので、神経までやられなかったのは、不幸中の幸いでした。 しかしそのまま病院へ。指の間の付け根の部分ですから、縫うことも叶わず(縫うと両指が引きつってしまうんだそうです)、ただ黴菌が入らぬようにして回復を待つしかないという診断でした。 で、40代の女性看護師さんが消毒してくれました。 「自分の傷ならとてもできないんですけどね」 と言いながら、逃げないように私の手をしっかりと握り締め、消毒液をかけて洗浄します。傷口を丁寧に脱脂綿でこすり付けるように丁寧に。 「いや、すごく愛情を感じます」 と顔を苦痛に顰めながら呟く私。叫ばなかったのは、単に男の見栄だけという状態でした。 まだ本当には体調が戻っていないのに、余分なことをして、また別の病院通いです。あーあ・・馬鹿です。そんなことは解っております・・・。 でも電気を動力にしている機械は怖い。一瞬の油断が命取りになります。皆さんも気をつけてください。正気のままの傷口の洗浄は、何とも言えぬ苦痛ですから。でもそれがお好きなら、お止めはしません、ハイ・・・。

私の気分解消法~駒磨き

机の前で、ひとり静かに気分転換に手元にある駒を磨くんです。 ちょっと壊れそうになっている心の、気分解消にはもってこいかも知れません。4年前に、そんなことも知りました。                  <2012 秋 了> この2日間、せっせと駒磨きをしていました。 気分転換です。私の場合は、ジーンズ生地を適当なサイズに切り取り、駒を磨きます。光沢のある仕上げにしたいときには、イボタ蝋を生地にこすり付けておきます。これだと結構力が入り、磨けるんです。今まで支障がなかったので、こんな方法を採っていますが、別に盛上げの漆がどうだこうだと言うような問題は生じていません。 手元にある駒を磨き終えて、並べてみました。 ゆっくりと眺めます。と、将棋盤上とはまたひとつ違う光景が広がります。 うっとりとして、優雅な時間が流れて、それは至福の時となります。あれやこれやといった日常が、手術後も残った右足の痺れや突っ張りまでもが、一瞬消えてなくなるような気がします。 うーん・・・と、深く呼吸を吐きながら、溜息を漏らしたりして。 この気持ちは、いったい何なんでしょう? 隣に恋する人が居るときの気持ち?いや、違います。少しも気は使っていませんから。次に何したいという期待も持っていませんし。 当たり馬券を換金するときの気持ち?これも違います。邪な欲や計算はありません。 自分がピュアになって書き上げた作品を読み返すときの気持ち? いい映画やお芝居を見終えたときの気持ち? テタンジェのシャンパンや、リオハアルタのグランデゼルヴェ、或いはジョニーウォーカーのブルーをストレートで飲んで、それが喉をスーッと通って行くときの気持ち? だんだん近くなってきました。 そうだ、かつて受けたおおきな手術のとき、とある瞬間に幽体離脱して、フーッと上に上がり、そこに流れるゆっくりとしたストリームに身を委ねてしまったときの気持ちだ。あのときは、その流れが何かの中心に向かってゆっくりと動いていると確信した。光の玉がいくつも一緒に流れていた。ここに身を任せていたら、何と心地良いことかと思ったのに、光の玉になっていた私は振り返ってしまった。すると、汗まみれになりながら、私の肉体を修復しようとして格闘しているドクターの姿

驚くべき自己再生力

そう言えば、こんなこともありました 。 <2012 7月 了> 今日は私自身のために病院に行ったのです。 前回血液検査は済ませていましたので、残りは尿、心電図、胸部レントゲン撮影診断の検査でした。 2年半前に体調不良で胸部レントゲンを撮って以来、久しぶりにレントゲン室に入りました。 私は胸椎に大きな手術を受けているので、これまでは肺が癒着状態で、白く写り、いつも医師は首を傾げるのですが、今日は感動的なことが起こっていたのです。 およそ20年前、下から4番目の左の肋骨を取り去って、窓を作り、第7胸椎を手術して以来、私の肋骨は肺と心臓の上辺りの部分がなく、ただ膜があるだけの状態でしたが、今日のレントゲン写真をよく見ると、何と取り去ったはずの肋骨が再生し始めている画像でした。 何と肋骨が、自己再生していたのです。 これは感動的でした。3年前の画像には、まだ何も写ってはいませんでした。しかし今日は、まだ赤ん坊のような細く小さな骨でしたが、上下の肋骨の間で、愛らしく新しい骨が這っていました。20年かかりました。 私は、私自身の再生力で、切り取ってなかった骨を生み出したのです。 私は、私の中に、最先端のiPS細胞を兼ね備えて活動させ、遂に復活の歩みを始めていました。 人が自然に持ち併せる治癒力は、実は想像以上のものであるのかも知れません。 自分の肉体ながら、その持てる力に畏怖感を抱きました。 この再生力を知ると、肉体には予期せぬすばらしいことが、起こることもあるのだと、生き抜く希望も生まれます。

呼吸についての若干の考察

これも4年前夏に考えていたことである。 でも、演劇的訓練をしたことがある人たちなら誰でも知っていることでしょうね。              <2012 7月 了> さて、呼吸を意識してみましょう。 簡単なことです。 まずは、床か椅子に座ってみます。 そして、息を吐きながら立ち上がってみます。 なんか変な感じがしませんか? 次に、立ったまま、息を吸いながら床や椅子に座ってみましょう。 やっぱり、何か落ち着かないような変な感じでしょう。 そうです。呼吸が逆なんです。人は、息を吐きながら座り、息を吸いながら立ち上がっているんです。 同時に、何か連続して次の動作に移る前には、一瞬息を止めて、溜め込んで、動作の瞬間を待っているものなのです。 これが呼吸の基本。人は、息を垂れ流すことはないんです。 ここまで理解できると、例えば役者が嘘の演技をしていると、すぐに見抜けるようになります。 演技者が嘘をつくということは、呼吸が嘘をついているんです。 ついでですから、例えばポルノ映画で、女優が最初から最後まで大声で喘いでいるようなシーンは嘘です。クッと息を詰める瞬間がなかったら、感じることなんて出来ませんし、そんな演技を見ていても、少しも色っぽさを受け止めることなんてできません。 本日は、呼吸についての基本の講義でした。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ・・・。

人間の心理学的本能~勝負に生きるということ

そうだったなぁ・・と、思わず懐かしくなってしまった。 4年前の夏に、私はこんなことを考えていたのかと。 で、今日はそんな話題をふたつ再録する。               <2012 6月 了> 2週間ほど前だったか、日刊現代のある記事に注目した。 それは、追い詰められた逃亡犯の心理的状況、心象風景を、心理学の立場から説くものだった。 心理学によると、 「追い詰められた非常事態では、それに耐えるために物凄いパワーが必要で、脳内には大量のアドレナリンが出る。同時に種族保存本能から異常なほどの性欲が高まるという。常に心を安定させていないと、判断ミスをして命を取られる結果が待っている緊張生活~それは、生きる本能として性欲を高めさせるし、具体的な性行為はストレスを沈静化させる効果を持つ。肉体の密着は、一人ではないという共犯的な一体感が安心感にも繋がる。だから追い詰められた極限状況では、人は激しく求め合うという・・・」 大量のアドレナリンが脳内に出る、絶えず孤独に追い詰められた極限状況ということに、私は関心を持った。 それは、アートを志す者、或いは勝負に生きる者の、心の世界や日常の光景と、全く同じなのではないかと気づいたのである。 考えれば考えるほど、そう思えてきた。 何とか他者から抜きん出なければ、自らの存在価値が得られない競争に、身を置くアーティスト、棋士、騎手、アスリートたち・・ 逃亡犯ではない彼らが、満場を埋め尽くす大観衆やTV画面の向こう側で心をときめかしている人々に向かって、自らの存在理由を賭けて行う究極のパフォーマンス。 その場を解放された彼らが、心を安らかにするために、明日の戦いに挑む心を準備するために、ふと肉の温もりを求めたとしても、それは十分に理解できることだ。 そこまで追い詰められて発揮される修羅の勝負や魂のアートだからこそ、人々に感動を呼び起こすのだろう。逆に言えば、そうでないアーティストや勝負師などは、存在価値もないということになる。よそ向きの笑顔の背後には、厳しい現実にさらされる顔があるはずなのだ。それを理解してやることが、良質なファン、良質な観客になることだと思えてならない。 さて、皆さん。何事もない日常で、場当たりに肉の温もりを求めていませんか?そ
5年前から、私は、水槽でミナミヌマエビを飼い始めた。それまでは金魚(ランチュウ・オランダ獅子頭・東錦など)や熱帯魚(ディスカスやティラピア、エンジェルフィッシュなどなど)を若い頃からずっと飼育してきていた。くつろいだときにエアポンプが醸し出すボコボコという泡の空気音が好きだったからだ。でも、最後にはメダカとミナミヌマエビなどに行きついたということだ。それからずっと彼らと一緒にいる。いやぁ、エビとメダカの宇宙は覗いていても面白いし、何よりも手があまりかからないのがいい。           外の池には、金魚すくいで持って帰った和金が卵を産んで育ち、群れを成している。 <2012 6月 了> 寒い冬を越えて、池のマツモは次第に再生のときを迎え、勢いを増して日々成長しています。原発事故の影響か、ずっと気温が上がらなかったんですが、例年の一ヶ月遅れで産卵された蛙の卵も、おたまじゃくしになって、来月の満月の夜辺りに池から巣立っていくことでしょう。 さて、我が宇宙「日ノ本」。ミナミヌマエビはどれもが順調に育ち、すでにその女王卑弥呼は、次の世代をその腹に宿しています。タニシ、イシマキガイは、動きを活性化させ、水を浄化してくれています。 水温がそこそこに上がって、宇宙は実に平穏なる調和状態が保たれているのです。 この平和を維持するために、我が宇宙には、いくつかの厳然としたルールがあります。これは絶対の掟ともいえます。 まず、どこやらの国のように、為政者自らを利するために、太平洋を越えた他の宇宙との「朝貢外交」はしません。日出る処の天子、日没する処の天子に・・などと見栄を張ることもないし、多くの貢物を持参して、外圧の支えを願うこともありません。独立独歩、自給自足が大原則です。 内なる貴族やその一族が、自己都合の目的によって予算に群がることもありません。 御用マスコミ、御用学者を使って、互いに利益共同体となり、ゲッペルス的情報操作を駆使することもありません。 様々な制度を設計し、運用したら、その結果に対しては、例え天災であろうとも責任を負い、潔く振舞います。責任から逃げ廻ることはありません。 決められないことは、どこかに恣意的で独善的な意図が組み込まれているとして、その理由を原点に立ち戻って検証します。 その掟を守り抜くことで、我が宇宙の21世紀的調和が保たれ

森の中のMy Friend

4年前冬から、私はヒヨドリと友好関係を結んでいる。 今でも、2羽のペアと、まだ独身の1羽が、冬の山に餌が少ない間は、口笛を吹いて呼べばすぐに飛んでくる。本当にお腹を空かせたときは、ヒヨドリの方から「私、来てるのよ」と大声で呼びかけてくるようになった。 でも5月になって、山に木の実などが溢れるようになると、寒くなるまで姿を見せないから不思議というか、現実派というかである。 <2012 1月 了> 口笛で結ばれた私のお友達です。ヒヨドリです。 カメラを構えると、まだスターのようには慣れていないので、どうもはにかんでしまいますが、何とかおだててカメラに収まってもらいました。 お互い手を握り合ったこともないプラトニックな関係ですし、この子にはいつも一緒にいるお相手がいるので、家にも招かれたことすらありません。 口笛を聞いて、気の向くままに現れるちょっとわがままな面もありますが、それがいいんです。 飛んできたときには、何でもいいから話しかけてみるんです。 「おい、もっと早く来なくっちゃダメじゃないか」 「今日は呼ぶのが遅くなってゴメンよ」 「早く食べなさい」とか・・・ たとえ正確には通じていなくても、お互い生き物同士として何となく雰囲気は感じられるんです。 あっ、今、この子が外でピーピーと呼んでいますので、ちょっと失礼します・・・。
桜花賞馬ジュエラーが骨折、メジャーエンブレムがNHKマイルCのマイラー路線に転じ、池添謙一シンハライトは、その実績からしてもほぼ1強の状況下でオークスを迎えたのは間違いない。 コディーノの妹馬チェッキーノがトライアル・フローラSを差し切って、直前に人気が上がっていたが、2400mに挑む藤沢和雄厩舎ということ、加えて血統的にも2000mまでの中距離というイメージが、私には付きまとい、どうしてもシンハライトを差し切るイメージは持ち得なかった。 それなら人気を考えると、もっと新興勢力となる横山典弘ジェラシーや、四位洋文ペプチドサプルや、ここのところ以前の激しさが鳴りを潜めた印象のある岩田康誠のアドマイヤリード、昨秋にメジャーエンブレムを差し切った川田将雅のデンコウアンジュらの方が面白いのかなと考えながら、そのときを迎えた。 私にとっては、このオークスは、実はシンハライトがどんなレースをするかという関心だけが最大の関心事だったのである。 スタートして、桜花賞よりやや後ろの中団後方のインに待機したシンハライト。ペースは前半5Fが59秒8のやや速いペースで流れたが、この位置では、自分のペースを守ったということだろう。 もし池添謙一に少しだけの誤算があったとしたら、4コーナーを廻ってホームストレッチを迎えたとき、力量差を意識すれば、もう少し楽に抜け出せると考えていたことではなかろうか。 直線を迎えて、インにいたシンハライトは、なかなか自らの抜け出す進路を確保できなかった。前を言った馬たちもなかなかばらけずに粘っていたからである。クラシックレースのG1戦ならそれも当然と言えば当然である。 右左とチャンスを伺い続けた池添謙一が、ようやく見つけた一瞬開いた道は、坂を上り切った辺りだったろうか。しかし外から並んで来ようとした川田将雅デンコウアンジュにとっても、その一瞬開いた道は譲れぬものだった。 外からシンハライトを締めようとするデンコウアンジュ。一瞬早く最終便となる進路を確保しようとインからデンコウアンジュを弾き飛ばそうとするシンハライト。両馬は互いにぶつかり合いながら同じ進路を目指した。 結局弾き飛ばしたのは、余力を持って勢いのあるシンハライトだった。ぶつかり合って怯んだデンコウアンジュの馬上で、川田将雅は手綱を引いて立ち上がる状況に見舞われた。ここでシンハライトが
4年前の7月、私は、山から下りて地元の田んぼに行き、豊年エビと出会った。日本のクリオネとの初めての出会いに、何故か心がウキウキしたのを覚えている。 網で数匹すくって、我が宇宙たる水槽に入れてみた。夏の間の短い命だったが、その日が来るまでは元気に水の中で泳いでくれていた。 懐かしい思いも込めて、再掲してみた。                                   <2012 7月 了> じっと写真を見てください。 この方たちが、我が日ノ本のクリオネ、豊年エビです。逆さになって、脚を揺り動かすようにして、ゆっくりと我が宇宙を泳ぎます。餌は、植物性プランクトンで、2ヶ月ほど生きて、卵を土に産み付けて一生を終えます。卵は、次の年に田んぼに水が入ると孵るのです。 そうです。この豊年エビは、農薬のない田んぼで生きているのです。ミジンコやオタマジャクシやドジョウやフナを友にして、優雅に田んぼの中を泳いでいるのです。 2日前に、山を降りて田んぼに行くと、多くの豊年エビがいました。 去年、無農薬栽培を売りにしている田んぼに行き、豊年エビを探しましたが一匹もいませんでした。と言うことは、この田んぼは裏で何かの農薬を使っていたのでしょう。 遂に今年、別の田んぼで出会えたのです。 集団で生きていますので、小さな網で簡単に採集できますが、大事なことは、田んぼの土を一緒に水槽に入れてやることです。卵は土に産み付けられて世代交代しますので、来年のために用意してやらねばなりません。 じっと見ていても、豊年エビの姿は飽きないのです。 日ノ本の田んぼは、豊穣で偉大なスペース空間だと思うこの頃です・・・。

凄いぞ 凄い!! イボタ蝋!!

イボタ蝋のワックス効果に驚いたのは、5年前の秋だった。 日本の職人ツールは、やはり想像以上に凄かった。 いろいろと使ったのだが、まだ2/3が残っている。 これはそんなお話である。                <2011 10月了> 山から下りて町に出た。 用を足して、少し時間があったので知り合いのリサイクルショップを冷やかしに行った。 店内をグルリと見て回った。とりわけ欲しいものがあったわけではないが、まあお客の振りをしてみたんです。 と、なんと写真の「イボタ」蝋が、奥まった棚に載せられていた。 この「イボタ」は、プロの職人が古くから家具などの磨き艶出しに使っているもので、水蝋樹(イボタの木)につくイボタロウ虫の雄の幼虫が分泌した蝋を、加熱溶解して冷水中で凝固させたものだ。硬く緻密で、万能の効果があると言われている。 効用は、木工の艶出し以外にも、蝋燭、薬の丸薬の外装や、絹織物の光沢付けにも使われる。今では、結構高価なのだ。 急に欲しくなって、知人の店主に訊いた。 「このイボタ、いくら?」 「一つ持てば、一生物だから、まあ3000円かな。でも売ろうと思ってたわけじゃないんで・・」 「OK。そこを何とか2000円」 「うーん・・まあいいか」 「ハイ、2000円」 私は、即座に買ってしまった。 家に帰って、すぐに手持ちの屋久杉の盆に使ってみた。 結果は? いやすばらしかった。凄いと言っても大袈裟ではなかった。 いつもは、まるで宇宙のような屋久杉木地の杢模様を確かめて愉しんでいる皿盆で、それなりに光沢はあったのだが、それがさらに艶と輝きを増したのだ。アンビリーバブル・・・ やはり日本の職人のツールはすばらしい。これを使えば、多分1000年前の仏像でも、鮮やかに変貌を遂げるだろう。もう手放せないな、きっと。

日暮里路地裏の蕎麦屋「若松」

      蕎麦屋 「若松」には、その後も機会を見つけては通い続けている。日暮里の知人だった優駿4代目編集長福田喜久男が亡くなってからも、故人がそっと教えてくれた蕎麦屋として、その味を楽しんでいる。2011年10月に初めて「若松」との衝撃的な出会いを綴った。最も、それとても最初の出会いから半年ほど経ってからのことだった。隠れた蕎麦の名店として、本当は秘密にしておきたかったのだったが・・・。 <2011年10月 了> 400枚を超える仕事(来春刊行予定)の最終段階の打ち合わのために、東京西日暮里の知人を訪ねた。 すぐに打ち合わせは終わり、私たちは定番コースである蕎麦屋に行った。この蕎麦屋があることを知ってから、私は敢えて西日暮里での打ち合わせを希望するようになっていたのだ。 開成高校のある西日暮里駅前から歩いて5分。日暮里駅からなら4~5分の2丁目の場末の路地裏ともいうべき場所に、蕎麦屋「若松」はある。実は、今は路地裏だが、その昔に新しく広い道が作られる前は「若松」のある通りこそがメインストリートだったという。 必ず食べるのは、シンプルな更科系の盛り蕎麦。 2流の蕎麦屋のもり蕎麦は、蕎麦がパサついていて、箸で掴むとかたまりとなってくることがあるが、ここの蕎麦は、決してそんなことは無い。蕎麦一本一本が、まるで独立して存在しているかのごとく際立っていて、しかも全体のバランスを保っているのである。 それこそツルツルと艶っぽく、プリッとしたこしがあり、蕎麦の旨味が感じられる。日本の盛り蕎麦ここにありだ。 蕎麦汁がまたいい。少し甘口といえるが、この蕎麦にはこれしかないという印象で、尾を引いて、すぐにまた食べたくなる媚薬のような誘惑を醸し出す。 それが、大盛りで600円だ。これまでも蕎麦好きの私だったが、「若松」の盛り蕎麦に匹敵する蕎麦を、恥ずかしながら体験してはいなかった。老舗と称えられているどこの蕎麦にも負けない味だ。 思えば、東京という都市空間は凄い。こんな宝物が、場末の片隅に存在しているのである。 いい意味での競争が、こんな名品を生み出すのだろうか。 美味いものには、知恵と工夫が込められている。 それにしても、不味いものを毎日毎日作り続けている料理人の頭の中を、一度覗いてみたい衝動に駆られる今日この頃であるな、ウン

3冠馬誕生~2011 10月 オルフェーブル

  2011年10月3冠を決めた菊花賞のオルフェーブルの勇姿である。(写真は石山勝敏) 明日のオークスで、本命馬シンハライトに騎乗する騎手池添謙一の祝勝前夜祭になるかと考えて、今日ここで再掲しておこうと決めた。 それにしてもオルフェーブル。血統的にも能力的にも、私自身は、歴史的名馬ノーザンダンサーの奇跡的な再来だったのではないのかと、今も信じて疑わない。 『雨は残らなかった。 道中、池添謙一オルフェーブルの外側から、何とかプレッシャーをかけようとした人馬もいたが、すべて馬群に沈んだ。撹乱する敵も、結局は存在しなかった。 安藤勝巳ウィンバリアシオンも、敵対せずに2着確保の戦法だったし、2周目3コーナーから追い上げた蛯名正義トーセンラーも、勝負には行ったが、一瞬2着はあるかと思わせたものの、3着だった。 ドキッとするようなドラマは、もはや圧倒的な力の前には、何も起こらなかった。 坂の下りから、池添謙一は、他馬とは関係なく、オルフェーブルの強さを信じきる騎乗に徹底した。 それは、最強者のセオリーである。それに徹する騎手となったことが、実は池添謙一の大きな成長なのだ。彼は、日本の競馬を背負って、信頼に足る一流騎手の一員になったと言えよう。あのトールポピーで無様に勝った騎手とは、まるで別人となった。心の逞しさを友にして。 第4コーナーを回って先頭に立ち、そのまま独走。中央競馬史上7頭目の3冠馬となって、大観衆の興奮に応えたのである。 尾花栗毛の3冠馬は、こうして生まれた。』        

私を変えた将棋駒~一乕作安清書彫り駒(2011 10月了)

ふと、こんなことを思った。   これまでおよそ5年もの間、いろんな文章を書き綴ってきた。 中にはそのまま忘れ去ってしまうのが惜しいものもある。  ならば、ときおりここに再び残しておくのはどうだろうかと。  その程度の価値はあるはずだ。   どうせならそれもやってみようかと決めた。ここしばらくの間の  私の記録にもなる。お暇な時間にお付き合いくださいませ。   最初は、初期のものから順に気の向くままに載せていきます。              <2011 10月 了> 『思い起こせば、去年の3月、この駒を手に入れるまで、私はとりわけ将棋の駒に関心があった訳ではなかった。 高校生のころ、私が伯父から教えてもらったのは囲碁であり、木谷一門の勢いや故藤沢秀行のセンスに打たれた故もあって、その後もずっと囲碁を嗜みとしていたのだ。 しかし私の脊髄の病の所為で、遅くに生まれた息子が中学に入る前から、息子と将棋を指す楽しみを覚えた。 私自身は囲碁を打ちたかったのだが、息子は囲碁には余り興味を持たず、何故か将棋を指したがった。将棋本を読むことは厭わなかったが、囲碁の本は積んでおくままだった。 ならば将棋を指そうと決めたのだ。あまり人とは接しない山の暮らしだから、相手が息子であっても、とても大事だった。そもそも相手がいなければ、勝負は始まらないからだ。 とりあえず道具が必要だ。最初は、町のリサイクルショップで購入した天童楷書の廉価品を使っていた。それで疑問すら持たなかった。盤もヒバの2寸盤だった。長く親しんだ碁盤や碁石にはこだわりを持ってはいたが、将棋の棋具については、それで十分満足だったのだ。 3年ほど経って、お互いに、何とか人並みに指せるようになったとき、ようやく自然と盤駒に眼が向くようになった。とは言え、何を求めていいのかは少しも判らない。将棋本しか情報はなく、歴史に残る名工の作品など見たこともなかった。見たこともなければ、評価の仕様もない。 すでに盤は、桂の3寸盤に変わっていたが、駒は以前のままだった。 そんな3月のある日、たまたま見たオークションで、一乕作安清書の彫駒と出会ったのである。 今でも何故だか判らないが、とにかくそのとき、これだ!と確信したのだった。これを落として手元に置かねば何も始まらない

2016 ヴィクトリアマイル(東京・芝1600m)~熟女の奮闘

5月15日、東京競馬場での古馬牝馬によるマイルのG1戦ヴィクトリアマイル。昨年のJC馬から、昨年の覇者や2冠馬を含めた牝馬クラシック馬たち、それにここしばらくの上り馬たちが揃って出走し、印象ではかなりのハイレヴェルの勝負となることが、初めから予想された。 だからこそだろう。レースを凝視めようとした私の心も、限りなく正解に近づきながら、同時に限りなく正解から遠ざかって、週末の時間の流れの中で揺れ動いたのだった。 現実となって展開した光景は、私自身の推理予測した光景とは別世界のものとなったのである。 負け惜しみで言うのではないが、大局観は決して間違ってはいなかった。しかし、おそらく細部の見落としの甘さが、私の日曜午後3時40数分の瞬間の、近未来への予測予言を実現させなかったのだろう。そう、私は熟女の底力を疑い、ならばとピチピチの艶肌のの若い女体を選んでしまったのである。 ≪金曜の朝≫ 前夜に録画したGC の「今週の調教」で最終追い切りの様子を確かめながら、出馬表を見たとき、 「ほぼ一線級のメンバーが揃って出てきたな」と、最初に思った。同時に、 「これなら激戦になるだろうが、そんなときにモノをいうのは出走馬の格に他ならない。結局は実績馬上位の勝負となるはずだ」 「となれば、逃げるか好位で競馬をするスマートレイアーがレースの前半を支配して、それを目がけて、直線ではショウナンパンドラ、ミッキークイン、ストレートガール、ルージュバックが殺到してくる。必ずそんなレースになるだろう。直前に競馬マスコミで穴人気になる馬たちがいるが、そんな上り馬がもしいるなら、それは化け物級の馬であり、たぶん今回はいない」 ≪金曜の深夜≫ 「スマートレイアーが前を行くのは、後続の馬たちには解っているはずだ。池添、浜中、戸崎、ルメールらがその対処法もなくやみくもの騎乗するとは考えられない。だとしたら、直線の長い府中のマイル戦で、格好の目標となるスマートレイアーは良くて3・4着ではないか」 「勝負するならミッキークイーンとショウナンパンドラの1点。そこから抑えるなら、ストレートガールとルージュバック」 「戸崎は、何故若いルージュバックではなくもはや7歳牝馬のストレートガールに騎乗するのだろう?」 「府中のマイル戦は二つの傾向がある。強いスプリンターが長い直線をものと
長く感じられたゴールデンウィークの最終日。 好天に恵まれ、多くの人々が明日からの労働復帰を前にして、一方で名残惜しそうに、あるいは慌しかった休日疲れにそろそろ飽きる中、NHKマイルCが行われた。 私はと言えば、連休を楽しむ世間とは無縁で、R299やR140のあまりの混み様に、結局は街に出ることも、遠出をすることもならず、気分的にずっと外出することが躊躇われ、結局は本を読んだり、細々とした雑事をこなしたり、ウィスキーをあおって早くに眠ってしまったりして、時間を埋めていた。 それでも土日になれば、G1戦がある。ダービーを控えたこの季節は、競馬真っ盛りのシーズンなのだ。だから私は、週末にはむっくりと起き上がって、燃え滾る男に変身するのである。 春・天皇賞は、カレンミロティックの激走の余波でモノにはできなかったが、同じ日の東京スィートピーSの1点的中もあって大負けはしなかった。以前そうだったように、どのレースも無理に勝ち馬を探し出すようなことをせず、何となく神様の啓示を受けて閃きを感じたレースだけに絞って、近未来の結果への予言的推理を実行する。それなりの経験値があれば、これに集中して徹するだけで、結果は大きく違ってくるものなのだ。少なくとも負け数が減少するのは間違いない。25%の控除率からすれば、数学的には買えば買うほど胴元を利することになるのだから。 エッ?閃こうにも知識がない?そういうお方には、「自ら励んで知識を積み上げなさい」と言うしかない。何事も最初の段階から楽をしては結果は出ません。楽して稼げる天下りの役人たちの存在が、どうも庶民に間違った近道のアプローチを教えているようだが、それはそもそも異常なことなのである。 ともあれ、出馬表に眼を通して、私は、この3歳マイル戦のNHK杯をじっと考えた。 昨夏のデビュー以来、マイル戦辺りのの重賞で、「凄い!!」と、私を唸らせてくれたのは、どの馬たちだったろうか?と。 NHK杯の出走メンバーを眺めながら、ここしばらくの時系列を遡ってみる。 2つのレースが浮かんだ。ロードクエストが上がり32秒8の脚で大外から差し切った夏の新潟2歳S1600m。もうひとつは、2月東京のクィーンC。牝馬メジャーエンブレムがこの時期としては驚異的な1分32秒5のタイムで逃げ切ったレースだった。桜花賞4着は、明らかにC.

2016春・天皇賞~5月1日京都3200m 武豊の絶妙なる逃亡劇

もし春・天皇賞のゴールが、菊花賞と同じ3000mの地点だったら、私が見たかったレースは、推理した通りに決着して、大きな幸福感と絶頂感とある種の想像的な征服感に満たされていただろう。 4コーナーを廻って、逃げる武豊キタサンブラック。馬群から追い上げる吉田隼ゴールドアクター。まくり上げてきたこの日はまだ人気のなかった酒井学トーホウジャッカル。去年の菊花賞馬と有馬記念馬、そして一昨年の菊花賞馬の3頭。それは、今日の天皇賞で私が選び抜いた3頭だった。 ゴールまで残りの200m。そこからは、4番手のインからスッと抜け出して伸びてきた8歳騸馬のカレンミロティックが池添謙一のここ一発を決めようとする手綱に応えて、逃げるキタサンブラックとの叩き合いのサバイバル戦となった。ゴール前、一度は交わして先頭に立ったカレンミロティックだったが、キタサンブラックはインからもう一度差し返す精神力を発揮して、ほぼ並んでゴールイン。 勝者の栄光は、武豊キタサンブラックの頭上に輝いた。ペースを掴んでレースを支配していく騎手武豊の本来的な騎乗が大レースで久々に観られた。武豊には、瞬発力を生かして後方から差す武豊と、デビュー当初からきちんと身につけていた父武邦彦流の鮮やかに先行して粘り切る武豊の二つの顔がある。その一つが、キタサンブラックによって顕著に表れた天皇賞となった。 最初の1000mを61秒8。次の1000mを61秒7。3000mの通過タイムは、3分3秒4。ラスト1F(200m)は11秒9。昨年の菊花賞を上回るペースで逃げて、勝負処からの残り4Fを、全て11秒台のラップタイムで逃げ切ったのである。それもゴール直前でインから差し返しての勝利だった。武豊の絶妙な手綱の芸は、この数字にも明らかだろう。 キタサンブラックは、ブラックタイドの産駒である。ブラックタイドは、小柄な弟馬ディープインパクトとは違い、500KGの大型黒鹿毛の馬だった。皐月賞までは将来を嘱望された競走馬だったが、おそらく皐月賞の頃に脚部不安を発症して、その後は本来の素質を発揮できずに引退した。脚元さえ無事であったならと、惜しまれた素材だったのである。キタサンブラックは、父ブラックタイドの最高の姿さえも、今再現しているのだと思うと、やはり競馬は血のドラマなのである。 17番枠の吉田隼ゴールドアクターにとっては、この大外枠が仇となっ

こんなことを(2)

epubの電子書籍原稿を、やはり一度自分のPCで見てみたいと考え、やってみました。 とりあえず環境整備をしなければなりません。 ①グーグルChromeをインストール。(以前にやってました) ②ChromeのウェブストアからReadiumにアクセスして、インストールします。(グーグルアカウントが必要となります) ③「ログインして追加」ボタンをクリックします。後は、目的のepub原稿のハイパーリンクを追加して、ページを開けば何とかなりました。全て無料です。 読めるようにはなったのですが、目を通してみると、FC2の電子書籍化は、体裁は整っていますが、本文はただ時系列で原稿を並べただけなので、まるでデザイナー的な処理は施されてはいない状態で、いやはや全く残念な思いに駆られました。 まあ、テーマ別に原稿を整理したものだと軽く思えばいいのでしょう。本を作る場合、本当はここから先が大変な作業になるんです。 こんなことなら、もう削除してしまおうかとも考えましたが、それでも読んでみようかという奇特な方が、世の中の何処かには居られると思い直して、さしあたりはそのままにしておきます。 完成した1冊の本には、係わるいろんな方の丁寧な作業が集結しているものだと、改めて知るいい機会となりました。 でもPCを触って、少しばかり疲れたようです。