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8月, 2017の投稿を表示しています

8月26日 落語協会特選「桂文生独演会」~池袋演芸場

  8月26日 午後6時から「桂文生独演会」が始まった。満席で通路にまで折りたたみ椅子が並び尽くした。 開口1番は、前座・一猿の「寿限無」。 次に、2番弟子文雀の「尼寺の怪」。 暑気払いにみんなが集まって怖い話をし合って、ゾクゾクとしないような話だったら、みんなにたらふくの酒をおごらなければならないことになった若い魚屋が、和尚さんからその昔の怖かった尼寺での話のネタを聞きつけて、これならいけるとみんなの前で披露して、結局はこけてしまう噺だ。 そして中入り前の文生最初の登場となる。 待ってましたとばかりに、客席の拍手の音が増し、「転宅」が、酒の噺やあまり飲めない小三治の話題を枕にして始まる。 以前に太夫だった妾宅に忍び込んだ間抜けな泥棒が、逆に妾となった太夫に財布の中身をからにされてしまうという噺。 下げに向かう頃には、文生の明るいフラのある顔が、間抜けな泥棒の顔と一緒になってしまう感覚になってくるのが不思議だ。 そして15分ほどの仲入り休憩。 1番弟子扇生の「千両みかん」。 真夏に、艶々しくしかもみずみずしく薫り高いみかんに恋して、ひどい恋煩いに堕ちた若旦那を助けようと、一肌脱いで真夏にみかんを探して奮闘する番頭の悪戦苦闘の噺だ。 ここまで話を聞き終えて、ふと私は思った。文生は、自然と顔全体の筋肉を使いこなして、あの飄々とした特有のフラのある表情を作っているのだと。 そう思うと、前座・一猿は、まだまだ少しも眼元の楽し気な表情を浮かべる余裕のないのが判るし、すでに相当の実力を備える文雀や扇生にしても、もしそのことに気づいて実行してみたなら、さらに色気や艶が漲ってくるのになと感じた。 文雀は眼尻の表情は使えているが、眼元の筋肉の表情をまだ使い切ってはいない。もうひとつ言うなら手先の説明がうるさい部分がある。力のある芸人だけに、ぜひともドーンと構えて欲しいものだ。 扇生は、江戸の端正な職人の風情を自然と持ち備えている。これは武器だ。この武器を生かす形で、時にメリハリのある大きな目の表情を効果的に作って間合いを図ったなら、観客はその端正な扇生自身とのギャップにより引き込まれていくだろう。 おそらく仲入りの間に、文生はなみなみと注がれたコップ酒を1・2杯豪快にあおったのではないか? そう思えてならないほど、文生の「一人酒盛」は名人芸に満ち溢

金魚を飼おう⑭~ランチュウの成長・1年を超えた‼

                      丸々太ったランチュウを飼い始めて、2回目の夏。 毎週の水替えと、ただエアを送るだけの簡易なフィルターのマット替えに追われた1年だった。 最初は外で飼い始めたが、朝昼の山の気温変化が大きく体調を狂わせもしたし、深夜にはタヌキやハクビシンらが闇に紛れていたずらをしにもきた。早朝にはカラスも不穏な動きで様子をうかがってもいた。いちど水槽にしていた大きめの盥桶が荒らされ、オランダ獅子頭の稚魚が何匹かは何故かどこかに失踪し、何匹かは死んでいたことがあって、その後は住処を室内に移したのである。 その後はほぼ順調に育ってくれた。そう、丸々と太って。 今月の初め、一匹に危機が訪れた。私自身が、ちょっと水替えをさぼって3,4日遅れたときに、頬に傷でもあってそこから黴菌が入ったのか、頬の肉が腐るように崩れ始めたのだ。 幸い、すぐに気づいて、即水替えをして、普段食用にしている塩(NaClの精製された食塩ではありません)を適量溶かし込んでやると、数日で治療完了して、ひと安心。 写真の頬の白い部分が、その傷跡である。       (左隣は、ランチュウではなくお気に入りのオランダ獅子頭だ) 危機を脱して、残った3匹のランチュウが、このままさらに大きく、さらに丸々と育つことを願いながら、今日も盥桶に餌をやっている。

2つの案内状(桂文生独演会と故大内九段を偲ぶ会)

もうずっと太陽の姿を見ていないような気がする。 照りつける陽光、透き通るような青い空にムクムクと聳え立つような白い入道雲。8月の夏の記憶は、私にはそれが全てであるのに、止まぬ雨故に湿気混じりの日々が続いている。 湿気は私の体調維持には大敵なのだが、どうしようもない。自然の力には為す術などないのだと、諦めの日々で、ただただじっと時の過ぎるのを待っておとなしくしている。「ひよっこ」と「やすらぎの里」と、「竜星戦」「銀河戦」に週末のGCの「競馬中継」をひたすら友にするような生活態度は、世間様からから見れば、実に非生産的な愚かしい姿に見えるのだろうが、身体がだるく、それでなくても冴えない頭も働かないような現状では、気だけ焦っても如何ともしがたいのだ。 そんな折、2つの案内状が届いた。 ひとつは、第1回桂文生独演会。8月26日午後6時開演の池袋演芸場。 78歳の文生が「一人酒盛り」と「転宅」のふたつの噺を演じ、助演は、弟子の桂扇生が「千両みかん」、桂文雀が「尼寺の怪」 をかける。 これはもはや、桂文生の遺言の様な高座になると思い、行くことに決めた。(いえ、勿論半分本気で半分はジョークですから) 興味のある方がいらっしゃれば、ぜひ池袋演芸場でお会いしたいものである。(ちなみに当日券は2500円です) そう言えば、今は亡き大内九段が、桂文生の噺を国立演芸場で楽しんで、 「いやぁ、さすがでしたよ。文生師匠の噺は本物です」と、嬉しそうに眼を細めて言っていたのを想い出した。 もうひとつの案内状は、その「大内九段を偲ぶ会」の案内だった。 9月6日一ツ橋「如水会館」。 優しく、厳しく、人情には厚くも一言居士だった故大内九段の人となりに、ここ6年以上もの間身近に触れることになった私には、駆けつけても行かねばならぬ会だろう。明日にでも、出席のハガキを投函しようと思っている。 4五歩と指せば名人となっていた。1975年第34期名人戦第7局。しかし大内9段は読み切っていたのに、魔性の何かに取りつかれるように5手先に差すべき7一角と指してしまっていたのだ。名人位に限りなく近づき、ほぼ手中に収めた瞬間に、全てを失った大内九段。そのときの話を、大内九段自身の口から聞くことができたのも、今となっては私自身の大きな財産である・・・。 私自身が今こうしている間にも

荒川水系の鮎

最近(と言っても、21世紀になってからずっとなのだが)、過度な自己顕示欲、売らんが為なら奇妙奇天烈の受け狙い、周りの雰囲気をまるで感知できない鈍感さ、そして究極のミーファーストの輩があまりにもでかい態度で跋扈していて、文章を書く気があまり起きない。 で、じっとおとなしくしているのだが、湿度も温度も身体に粘りつくように高く、イライラ感が募るばかりで、何となく落ち着きが悪く、それならばと、塩分補給を兼ねて、あっさりとしたラーメンを近場の店に食べに行くようになった。 勿論、とんこつ醤油系ラーメンが昔から好みなのだが、イライラ感が増すほどに、あっさりとした所謂「シナソバ」系の鶏ガラ煮干し出汁のラーメンに何となくほのぼのとした心の温かみを覚えて、この味もなかなかだと思えるようになっている。 以前から通っているのは、「悦楽苑」。外見は普通の中華料理店だが、この店は、知る人が知る噂の店で、ライダーや釣り人らが中心となってブログやツイッターなどで噂は広まり、今やTV取材のクルーも訪ねてくるようになった。 店主の趣味も、バイクと釣りに時代劇で、その腕前は本物である。鮎釣りに向かうときは朝3時起きらしい。 まあ、この写真を見れば、噂が立つのも無理はないと知れるだろう。    圧倒的な量の味噌ラーメンだ。通りすがりに寄った腹を空かせたライダーたちが、余りの量に感激して、噂に火を着けたのである。 最初は何も知らずに入っていつものつもりで味噌ラーメンをオーダーしたのだが、この野菜の量にただただ苦笑いをするばかりで、汗を流して挑戦したが半分ほどしか食べられなかった。で、その後店に行ったときには、「ごく普通盛でお願いします」と、店主に頼み込んで今に至っている。何も知らずに味噌ラーメンを注文するお客がいると、さてどうなることやらと、ニヤニヤしながらお客の表情を見守ってしまうのは、私の人の悪さなのかも知れない。 私自身は、ここしばらくは好みになった普通の鶏ガラ煮干し出汁ラーメンを注文するので、今は、量の多さに冷や汗をかくことはない。 3日前の早朝6時過ぎのTVのニュースショーで、たまたまこの味噌ラーメンを見た。あれ、どこかで見た味噌ラーメンだと思ったら、やはり「悦楽苑」の味噌ラーメンだった。この山盛りラーメンを、確か三峰神社近くのロードレースに出場した