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「信」という言葉



「信」という言葉が、その意味をすり替えられてしまって久しい。

信用、信頼、信義、信実、信念・・・信仰、信徒などという熟語もある。

「信」という言葉は、人偏に言葉という構成だ。つまりは、人の言葉によって、信用も信頼も信義も信念などもが生まれていることになるのだが、21世紀になってから、それも特にここ5年ほど、人の言葉がこれほどまでにいかがわしくなっている時代風潮は嘆かわしさを超えている。

社会の上に立って粉骨砕身の精神で下々の小さな幸せをリードすべき存在が、率先して「信」という人が発する言霊の精神を裏切っているのだから、何をか況やである。過去には三菱自動車や雪印、今は日産や神戸製鋼に象徴される大企業も然りである。

教育を商売にする輩の学園の「誰かのお友達である」責任者が、引きこもったまま何らの言葉をも社会に発しないままに、莫大な公有地や予算を得て認可される不思議さも同様だろう。社会に発する責任者自身の言葉もないのだから、「信」など生まれようもないが、もっと不思議なのは、それを取り巻くお偉い方たち(たぶん自分が選民だと自惚れているだけだろうが・・)の言葉に、「信」の気持ちが全く抱けないのは、いったいどういうことなのだろうか?

答えは、判り切っている。それらの言葉に、包み隠そうとする偽善・欺瞞はあっても「信」の裏付けがないからだ。

「信」を失った時代、「信」を失った社会が行きつく先は、ああ言われたらこう言い返して、既成事実を作り重ねていく不誠実な時代と社会だろう。誰も責任を取らず、最大多数の最大幸福ではなく、最小少数の特権的幸福を調整する選民社会に夢と希望の未来などありえない。

何となく、次代が不安な世相が続いている。正直、怖さを覚えるほどであるのだが・・。

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