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2017 宝塚記念・阪神2200m~王者失権 G1歴戦勝利の疲れなのか・・?

想い出せばダービーの宴の夜、大阪杯と春天皇賞を力強く連覇していたキタサンブラックが、来たる宝塚記念をも制して春G1戦3連覇を決め打ち、1着賞金1億5千万と特別ボーナス2億円を獲得するか否かが話題になった。

多くの意見は、達成支持が多かったが、私は「強い馬だからこそ落とし穴が待ち受けているのではないか?負けるとしたら宝塚記念ではないですか」と、少数派に徹していた。
ここ四半世紀の日本の競走馬の質はめまぐるしく高まっている。世界の果ての競走馬は、今や世界の中心とも言い得るように進化しているのだ。かつてテイエムオペラオーが秋G1戦3連覇で2億円の特別ボーナスを獲得したときからは、もう15年以上の時が過ぎている。その間にも、日本の競走馬は進化を続けてきたのである。

つまり何が言いたいのかと言えば、いかに強い人気馬であろうと、G1戦を勝ち抜くには相手が進化しているだけに、その昔とは違って何らかの肉体的同時に精神的な無理を重ねている状況にあるのではないかということだ。それはあるいは、ある日突然現れるような飛行機の金属疲労のようなものであるのかも知れない。

1週前追い切り、そして最終追い切りからパドックでも、今回のキタサンブラックは、どう贔屓目に見ても、もちろん完成した馬体は素晴らしいのだが、キビキビとした弾けるような覇気が私には感じられなかったのだ。

普段、厩舎で一緒にいるわけでもないから、それは素人の私の主観でしかないのだが、それなりに見切る眼力はこれまでの競馬経験で鍛えられてきたつもりである。(自己満足ですが・・)

追い切りを見て、私がピックアップしたのは、ゴールドアクター、ミッキークイーン、シャケトラの3頭だった。デムーロの騎乗するサトノクラウンは大いに気にはなったが、これまで阪神芝での走りがいまいち印象に残らない結果だったこともあって、それなりの調教気配だったが敢えて4番手扱いにした。

それよりも横山典弘が2200mのゴール前に坂のある阪神コース(実績のある中山と同様である)でどんな騎乗をしてくれるかという興味が沸き起こったし、前走で少しも走っていないミッキークイーンを今回浜中俊がどう乗りこなすのかということにも関心があったし、4歳のシャケトラをルメールがどのように走らせるかということにもそれを見てみたいという気になっていたのである。

軸は横山典弘ゴ…
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古駒の行く末

1週間ほど前、オークションに出品されていた数々の古駒を眺めていた。
おそらく蒐集愛好家の手元から、様々な事情(後継者がいない状況でご本人が亡くなってしまったのではないか?)で、古美術商に流れて、遺品となったそれらが出品されたということだろう。

それにしても本格的な蒐集家というのは、生前に本気で手元に集めるものである。龍山、静山、木村、宮松、影水、初代竹風、そしておそらくは本物の水無瀬家書き駒まで。

古い駒というのは、アクや味わいに満ちている。そしてそれが、逆に何と実用品を超え得た作品としてのアーティスティックな個性となっているのを再確認した。
私自身は、現代駒というのは、TQCを求めるあまりなのか、とかく教科書的な無難な工業製品のような(まあ、スキがないとも言えるのだが)アクや味を捨てているものが多いなという個人的な感想を抱いている。

味やアクこそが、実は作品としての価値を有らしめるものなのにである。でもそれは、その時代に生きる受け手のレヴェルで決まる側面があるから、結局は、自分自身が何を大事に感じ、何をその拠り所にしているかという美感や、大げさに言えば思想哲学の問題に行き着くので、とにかく良いものを見る経験を積み上げて、その世界の扉を開けて行くしかない。

必ずしも自己所有しているかどうかということではないだろう。勿論所有していれば、いつだって見られ、いつだって触れる特権があるが、運良く出会った人に触れさせていただいて、それを自分の記憶にしっかりと焼き付けておくというのも効果的な経験となるはずだ。

残念ながらここしばらくずっと手元不如意状態なので、いささかも購入しようとは思っていなかったが、それ故好奇心を逆に高めてじっと眺めていた。

魅かれたのは、
この特徴的な直筆書き駒の魅力。ひょっとしたら水無瀬兼成の真作なのではないかと直感した。味わいに溢れていた。


他にも、何故か無銘だったがおそらく影水作の淇洲。


それに、木村作の清安。


こんな個人的に魅かれる駒をただただ(指を咥えて)眺めているのも楽しい時間だった。
(そう言えば、同時出品されていた将棋連盟の「関東名人駒」と兄弟駒とされる赤柾の奥野作宋歩好は、結局どうなったのだろう?気になるところだ)

それにしても、趣味人の気概を込めて蒐集された駒作品の寿命もまた、それらを愛した者…

真昼の決闘

去年の暮、近くの山道でつれ合いが1匹の子猫を拾った。男の子だった。
空腹と不安からか走り寄ってきたのだ。痩せて鼻水がたれていたのが少し気になったのだが、濡れタオルできれいに拭き取って、餌を与えると、喉をゴロゴロと鳴らして少し元気になった。

しかし、その小康状態は束の間のことだった。おそらくすでに「猫エイズ」を発症してしまっていたのだろう。数日で体調を悪化させ、病院に連れて行くまもなく、ある朝布団の中でつめたくなっていたのだ。その日は時雨交じりで寒い朝だったが、濡れるのを厭わずスコップで穴を掘り丁寧に埋葬して、そこにお線香を焚いた。

呼べば返事をするし、人懐っこくて性格も良かったので、家の中は暗い気分でいっぱいになってしまった。

しばらく猫を飼っていなかった。現在の猫ブームは、実は私には第2次ブームである。猫のブームは長毛の外来種が流行った80年代に最初のブームが訪れている。そしてその頃、私もヒマラヤン種のおっとりとした性格が気に入って飼い始めたのだった。3代目まで育てたが、私自身の入院や闘病もあってそこで諦めた。
だから猫の習性も、飼い方も病気の対処法も、たいがいなことは理解している。何かをしようとしてミスったときに、間をつなぐようにすっとぼけて顎あたりを掻いたりするような動作など、何度もからかって笑ったことがある。

わずか数日間の子猫との出会いが、久し振りにつれ合いの心の琴線に響いてしまったのだろう。年が明けたある日、家に新しい子猫が現れたのだ。聞けば、町のペットショップに託されていた(誰かに拾われたか捨てられていた子猫だろう)子猫を、賛助金を置いて手に入れて来たのだという。雌猫で、「猫エイズ」の兆候もなく元気そのものだった。先住民たる犬にもすぐに慣れて、旺盛な食欲を発揮するようになった。まあ、最初に風呂に入れたときには絶叫して飛び跳ねたが、それでもドライヤーをあてるときにはおとなしくなっていた・・・。

あれから約半年。今や、11歳の犬をも手下にする女ボスになっている。

これは真剣にじゃれ合う「真昼の決闘」。


すでに後期高齢老犬の部類となった11歳の愛犬も、毎日じゃれ合う楽しみを覚えて、何となく若返っているようである。


金魚を飼おう⑫~ランチュウの成長・11か月目

今朝は、早起きして金魚の水の入れ替え。と言っても、もう作業に慣れているし、水槽飼育ではなく大きめな盥飼育で簡易なフィルター装置だけなので、15分ほどで終わる。

我が家の水道は、麓の浄水場からの配管が遥かに繋がって山を登ってくるために、消毒塩素がちょうどいい具合に消失していて、そのまま飲んでもおいしいし、金魚の飼育にもそのまま使って大丈夫なのだ。気分としては、山の水を直接いただいているようで、満足度も高い。偶然のたまものだ。

盥に水を張って、フィルターを作動し、水がグルリと巡って落ち着く間に、ガッシリとした腹回りに成長したランチュウたちの近況を撮ってみた。


以前にそれぞれ名前をつけようかと思ったこともあるが、まだ実行はしていない。だから呼び名はいつも「お前たち」だ。
金魚の方からすると、「吾輩はランチュウである。名前はまだない・・」という状態であるが、それでもそれなりのコミュニケーションはとれている。

先月、順調に育っていたはずのオランダ獅子頭が原因不明の突然死をしてしまったので、今この盥に残っているのは、ランチュウ3匹とお気に入りのオランダ獅子頭1匹。


この仔も相応に立派になってきた。

昨日梅雨入りして、サーモスタットを使わない飼育では、気温変化の波を受けやすい季節が始まった。ここしばらくは、要注意だろう。このまま室内飼育で行こうかと決めている。


2017 安田記念・東京芝1600m~強さとは?脆さとは?

6月4日。春のG1最終戦「安田記念」。
3月の終わりの高松宮記念からずっと続いてきた古馬のG1ロードと3歳馬によるクラシックロード。その最終戦となる安田記念である。今月の末に最終最後の宝塚記念が行われるが、気分は安田記念で一括りとなるのが人情というものだろう。

この2か月、ファンとして善戦していれば気分爽快、ファイティングスピリットも維持されているが、悔しさが募っていれば、もうそろそろ競馬に疲れていることもある。
私?何となくしのぎ切って、まあ取り敢えず可もなく不可もなく、安田記念を迎えたのだったが・・・。

安田記念での狙いの伏兵馬3頭は、すでに決めていた。

まずは、昨年の覇者ロゴタイプ。昨年の前半5Fを35秒で逃走し、ラスト3Fは33秒9で決め、あのモーリスをも寄せつけなかった馬だ。4年前の皐月賞はおおいに弾けて差し切ったが、今は、先頭にこだわる逃げ馬がいれば好位から、いなければ自ら先頭に立ってレースを作る完成した競走馬となっている。出走馬を見渡しても、ロゴタイプを押さえて逃げようとする馬は見当たらず、自らのペースでレースを支配すれば、おそらく好走は間違いないと読んだ。

2頭目は、グレーターロンドン。爪の不安からまだ完調には・・?という説が流れていたが、これまでの完勝とも言うべき連勝の過程を知る限り、初めてのG1挑戦での未知なる魅力に溢れていたし、最終追い切りをGCで見て、私自身は大丈夫と見なした。

そしてレッドファルクス。6F戦でのG1馬だが、何と言っても前走道悪の京王杯での上り33秒7の破壊力のある決め手は、乗り方ひとつで、たとえ良馬場のマイル戦でも通用するものがあると信じた。鞍上はミルコ・デムーロでもあったし。

この3頭の伏兵を見出して、それに対抗し得る馬を選べば、安田記念は大丈夫だと信じて疑わなかったのである。

まあ、ここまでの推理は大正解だったのだが、ここから迷路にはまり込んで行ったということだ。

前記3頭を凌げる馬はどれか?と考えると、考えれば考えるほど、ここまで尽くしてくれた贔屓の馬が、私の頭の中で浮かび上がってくる。それもまた人情というものだ。

より冷静に言い切れば、私自身は、競走馬の強さと言うのは、自らにどんな不利な条件下であっても、アクシデントに見舞われない限り、少なくとも掲示板は外さないという強さだと思っている。

だとすれば、この条件に当…

写真家浅井秀美 写真展~皆野・ムクゲ自然公園内「森の美術館」

ダービーの頃、中野「廣」の会の参加者でもある浅井秀美から案内の封書が届いた。

秩父・皆野ムクゲ自然公園内の「森の美術館」で写真展を開催中とのことだった。すでに5月20日から始まっていて、6月4日までの予定である。

私の住む山中から、ムクゲ自然公園までは、車でおよそ20分の距離だが、これまで国道140号から皆野・寄居バイパスを通過することはあっても、ムクゲ自然公園には行ったことがなかった。で、地図を頼りに土曜の6月3日に行ってみたのである。

ムクゲ自然公園は、140号から皆野・寄居バイパスに入る右隣にあった。が、私には未知なる領域で(山暮らしをしていても、異邦人の私は地元のことをあまり知らないのだ。他所から来て、地域外に出向く仕事しかしてこなかったのだから、当然と言えば当然である)、恥ずかしながらこれまで一度も訪ねたことはなかったのだが、今回初めて自然公園の存在を知った。

写真家浅井秀美は、1970年頃から中央競馬会のカメラマンになり、その後「三井フォト」を設立して代表取締役となり、専属カメラマンとしても活動してきた。
JRAのレースに関わる写真が必要な場合、多くのマスコミが写真提供を相談する窓口が「三井フォト」であり、浅井秀美自身もおよそ半世紀に渡ってゴール前を撮り続けてきてもいた。競馬を記録し続けてきたカメラマンである。

いやそればかりではない。最近刊行された「東京下町日和」なる浅井秀美の写真集(これはモノクロ300点の時代証言だ)を見ると、彼のほのぼのとした優し気なカメラ視線も明確になる。



競馬写真は、こんな具合だ。

「森の美術館」は広かった。浅井秀美は、展示準備に3日間を費やしたと苦笑混じりに言ったが、おそらくその通りだと思えた。


ゆっくりと展示写真を楽しんだが、かなり根気が試される枚数が展示してあったのである。

見終えてから、浅井秀美と、地元吉田地区(花祭りや農民ロケットで今や著名となった秩父吉田である)在住の絵かき「さもじろう」と歓談したのが、楽しい時間となった。「さもじろう」は、市内影森で生まれて若いころの4年間ほど東京・練馬で過ごし、その後地元に帰って、今は吉田に住んでいるという。アナログ的なほのぼのとした作風が、実物通りの雰囲気を醸し出している絵かきであった。仲間に紹介されて東京で浅井秀美と知り合い、その後長い付き合いを重ねて、今回の写真展も中心となっ…

2017 日本ダービー制覇・東京芝2400m~強力な逃げ馬不在のスローペース

何とか私自身の出走体制を整えて、東京競馬場には11時過ぎに着いた。
府中本町駅構内から、スタンド32番柱近くの受付まで、場内外はやはりダービーの日だからか混み合っていて、人混みをさばくのにもストレスを感じるほどだった。

何とか受付を済ませて、ダービールームへ。14号室は「ワンアンドオンリー」室だった。そう言えば、今日の最終レースにワンアンドオンリーご本尊は、久々に鞍上に横山典弘を得て出走予定である。

喫煙室でひと呼吸整えてから部屋に入ると、いつもの知った顔が勤勉にもすでに専門紙を広げていた。10Rのダービーまではおとなしくしていようと決めていたので、挨拶だけ交わして私はゆっくりとお茶を飲みながらテーブル席に座っていた。

そう決めたのも時間をかけて、ダービーの流れと展開を考えようとしていたからだった。
狙いの推理は、決まっていたが(皐月賞のときに記した馬たちだ)、最終追い切りを見てからも、皐月賞を速いペースで逃げたアダムバローズのような存在が、どう考えても見当たらず、だとすると最近流行の緩い流れから、ホームストレッチでのヨーイドン!という単調な勝負になってしまうとしか思えなかったのだ。
とすれば、中団より後方のポジションの馬たちには勝利の出番はないということになる。

じっとそのときを待つ間に、何度も出走馬表を眺めたが、良馬場のダービーは、皐月賞とはまるで違うレースになるだろうとしか考えつかなかった。

8R。1000万条件(2勝馬)の特別戦青嵐賞。ダービーと同じ芝2400mである。前半5F61秒で流れ、決着タイムは2分23秒8。2勝馬の特別戦としては、それなりのタイムが計時された。となれば、3歳の頂点のG1戦なら、通常ならこの決着タイムを下回ることはないだろう。しかし逃げ馬が見当たらないのは確かだった。

もうひとつ予感を得たことがある。レースレコードが生まれた皐月賞の上位馬は、眼に見えない疲労消耗をしているのではないかということだった。走り過ぎた後には、生き物である以上疲労によるコンディション低下は避けられない。化け物なら別だが・・・。2002年1分58秒5という当時驚異的なレースレコードで皐月賞を勝ったノーリーズン(ドイル騎乗)が、ダービーでタニノギムレットに8着に惨敗した記憶が鮮やかに甦ってもきた。たぶん今年の皐月賞1~3着馬…