スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ちょっとその気になって

(フラッシュ撮影画像で飛んでしまっているが、古木の味わいがある)


先週末、マイルCSの前夜、そう言えばと気になって、久し振りに将棋の盛上げ駒を取り出してみた。

先月の降り続いた雨で、何か異変がなかったかとチェックした次第。駒は黄楊の木でできている。木材には湿気は危険だからだ。

結果何事もなく、安心した。イボタ蝋で磨いて仕上げた効果だろう。

結局、飽きずに私の手元に残ったのは、伝統ある「安清」系の書体だった。好みは時間と共に収斂して明確になるものだ。そこに至るまでに、あれもいい、これもまたいいなどと、無駄に浪費を重ねて迷い惑うていたのだが、楽しさで言えばその瞬間こそが楽しかった。今は冷静なので、ほとばしる様な熱さはもう生まれてはこない。いいものに触れたときに「これなら飽きさせないでくれるな」と、そっと頷くだけで満足する境地で、何が何でも手に入れたいなどと焦る気持ちもない。
あと2~3組ほど廉価な木地を預けてある駒師もいるし(まあ忘れていなければそのうち手が空いたら作ってくれるでしょう)、いざとなったら下手を承知で自分でも挑戦できるし・・・。

先週末は、こんな老成した境地で過ごしていた。
そして・・・・。














最近の投稿

「信」という言葉

「信」という言葉が、その意味をすり替えられてしまって久しい。

信用、信頼、信義、信実、信念・・・信仰、信徒などという熟語もある。

「信」という言葉は、人偏に言葉という構成だ。つまりは、人の言葉によって、信用も信頼も信義も信念などもが生まれていることになるのだが、21世紀になってから、それも特にここ5年ほど、人の言葉がこれほどまでにいかがわしくなっている時代風潮は嘆かわしさを超えている。

社会の上に立って粉骨砕身の精神で下々の小さな幸せをリードすべき存在が、率先して「信」という人が発する言霊の精神を裏切っているのだから、何をか況やである。過去には三菱自動車や雪印、今は日産や神戸製鋼に象徴される大企業も然りである。

教育を商売にする輩の学園の「誰かのお友達である」責任者が、引きこもったまま何らの言葉をも社会に発しないままに、莫大な公有地や予算を得て認可される不思議さも同様だろう。社会に発する責任者自身の言葉もないのだから、「信」など生まれようもないが、もっと不思議なのは、それを取り巻くお偉い方たち(たぶん自分が選民だと自惚れているだけだろうが・・)の言葉に、「信」の気持ちが全く抱けないのは、いったいどういうことなのだろうか?

答えは、判り切っている。それらの言葉に、包み隠そうとする偽善・欺瞞はあっても「信」の裏付けがないからだ。

「信」を失った時代、「信」を失った社会が行きつく先は、ああ言われたらこう言い返して、既成事実を作り重ねていく不誠実な時代と社会だろう。誰も責任を取らず、最大多数の最大幸福ではなく、最小少数の特権的幸福を調整する選民社会に夢と希望の未来などありえない。

何となく、次代が不安な世相が続いている。正直、怖さを覚えるほどであるのだが・・。

2017 エリザベス女王杯(京都・外回り芝2200m)~秋晴れの爽やかな空の下なのに・・・

3頭が凌ぎ合いを示してゴールインした瞬間、私は声を上げた。
「オイッ⁉」っと。
「オオッ!!」でなかったのが、儚く辛いあるがままの現実だった・・・。


10月のG1戦の晴れ舞台がずっと大雨に見舞われていたこともあって、この日京都で行われたエリザベス女王杯が爽やかな青空の下で開催されたのは、久し振りに幸福感を覚えるほどだった。

集ったメンバーも3歳から5歳世代と、7歳のスマートレイアーまでの現時点での最強アマゾネスたちが揃って、秋晴れの良馬場でのスピード決戦を予想した多くのファンたちもまた、それぞれに大きな夢を抱いてレースを迎えようとしていた。実際、この出走馬たちなら好きなどの馬からでも馬券での応援は可能と思わせる様相だったのである。(別の視点から言えば、だからこそ難解という意味もあったのだが・・・)

いつもの通りGCの最終追い切りを見て、最初の段階で、その気配に魅かれたのは、ルージュバック、ミッキークイーン、スマートレイアー、クロコスミア、モズカッチャンとヴィブロスの6頭だった。出馬表に黄色のマーカーでサッと印をつけたのだから、直感そのものは正しかったはずだ。

でも6頭の選択は、私には多過ぎる。レースの時刻までにもう少し絞りたい。

出馬表の内から、和田竜クロコスミア。最終追い切りで、馬自身が走る気を見せて、抜群の手応えある気配を発散していた。2枠4番から、今の和田竜二が前を行く騎乗で持たせてくれたなら大きな可能性があると読んだ。10月14日の稍重の馬場での上り33秒7の逃げ切りは印象的だったこともある。このときドバイ以来の復帰初戦だったヴィブロスを負かしたのだ。それに騎乗者に決まった和田竜二が、最近は前に行く戦法で確実に実績を挙げているのも心強かった。思えば、和田竜二は、テイエムオペラオーの3歳春の毎日杯で最後方からのごぼう抜きを決めて、馬共々スポットライトの中に浮上したのだが、今では先行タイプの騎乗で粘りある姿を示している。これなら初騎乗でも安心以上に勝負掛りと見なせるというものだ。

M.デムーロ・モズカッチャン。その名は地味だが、オークス2着に粘ったしたたかさや、落鉄に見舞われた重馬場での秋華賞3着で示した安定感は、新種牡馬ハービンジャー産駒の出世頭にまで這い上がっている。騎乗するデムーロの強引なまでのしたたかさとのマッチングも効果大であるに違い…

2017秋・天皇賞(東京芝2000m)~やっぱり雨の中

台風21号が北上し列島を抜けたかと思ったら、また週末に台風22号が通過した。週内からはずっと雨模様が続き、秋・天皇賞のスピード決着は望むべきもなかった。

関東では、土日にかけて雨脚は強まり、これはまた菊花賞と同じようなパワフルな競走馬魂が試されることになると、誰もが確信したに違いない。今や世界競馬の頂点に駆け上がっている日本競馬の巨大グループが、主として日本の競馬のために生産する名馬たちは、日本の軽い馬場に即応したスピードタイプの馬たちが多いから、秋華賞、菊花賞のような力とそれに耐えるだけの強靭な精神力が試されるような馬場になると、果たしてどの馬にスポットライトが照らされるのかが曖昧模糊とならざるを得ないのが、競馬ファンが直面する現実なのだ。

東京競馬場には11時ごろに到着した。西玄関受付から7階に上がり、しばらく椅子に座ってじっとしていた。大雨の中、競馬場に駆けつけるのも体力と気力が必要で、気儘勝手な山暮らしの身にはきついものがある。

雨は午後にはさらに強まる気配が濃厚で、途切れることなく馬場に降り注いでいる。それでもこの日、6万4千人のファンがどこやらから集ってきていた。これだけの豪華メンバーが揃えば、ライブで見たいと思うのは当然だろうし、雨が煙る不良馬場の秋・天皇賞などずっとなかったから、記念すべき記憶となる価値もあったろう。的中すれば喜びに包まれた記憶ともなるだろうし・・・。

何となくピーンと来た6Rの松岡正海ローレルジャックの単勝を買ってみただけで、9Rまでは競馬新聞と窓外に広がる馬場の状況を眺めながら時を過ごしていた。9Rの1000万条件の特別戦精進湖特別は、天皇賞と同じ2000mの距離で行われる。このレースをきちんと見守ったなら、今日の天皇賞のある種の傾向も判るというものだ。

結果は、何と2000m2分10秒1の決着で、上り3Fは38秒を要していた。良馬場の強い馬のスピード決着なら、2200mの時計である。すでに10秒以上時計のかかる水飛沫の跳ね上がる不良馬場となっている。天皇賞までに後1時間15分もあり、雨はさらに降り注ぐだろう。

GCの最終追い切りをいつものように録画して見直したりしていた。ひと目で気配の良さを感じたのはサトノクラウンだった。M・デムーロが前走毎日王冠で勝ったリアルスティールを降りてまで手綱を取るのも心強かった。後はこれまで楽し…

2017菊花賞(京都・芝3000m)~水飛沫と泥だらけの勝利

先週は、週内に1日ほど雨が上がっていただけで、後は本州直撃の台風21号の影響で雨が続いていた。

結局、菊花賞当日も雨また雨。気になって、朝早くに投票に行き、午後からGCを見たが、芝のレースは水飛沫が舞い上がる状態で、6F(1200m)のレースでさえ、普段の良馬場からすると約6秒ほど時計がかかっていた。ここしばらくを振り返っても、これほどまでに悪化した芝のレースは想い出せなかったほどである。

実に悩ましかった。脚ひれをつけたような重馬場得意の馬が浮上するのか?いや、ここまで悪ければ、血統的にパワフルな血が保証された馬が浮上するのか?いやいや、もはやどの馬さえも同じ条件となって、結局はこれまでそれなりの力を示してきた馬が改めて脚光を浴びる結果となるのか?・・・はっきりとした見極めなど、私ごときには全てが五里霧中で、何も思い浮かばなかった。

勝負事と言うのは、いちど迷い始めると、迷いが迷いを呼んで、さらに見通しのきかぬ濃い霧の中に突き進んでしまうものである。
それほどのどの馬も体験したこともない馬場状態だった。

木曜の深夜に録画したGCの最終追い切りを、何度か見直して、私なりに各馬の気配をチェックしていた。最初に選んだのは、内からウィンガナドル、クリンチャー、アダムバローズ、サトノアーサー、ミッキースワロー、キセキ、アルアイン。追い切り時計ではなく、それなりに馬自身が走りたいような気配を示している馬たちを選んだ。でもこれでは多過ぎる。
パドックを見て、レースまでに軸馬を決め、4頭ほどまでに絞ろうと決めた。

しかし窓の外は雨が続いていた。雨は、台風21号の北上と共にレースが近づくにつれて雨脚が強まってもいた。

迷いは大きくなった。常識的には、先行馬有利という気持ちに振れてくるのはやむを得なかった。中団後方の様なポジションからホームストレッチで差し切るというイメージは持てない。せめて4コーナー5・6番手辺りにまで来ている馬でなければ・・・。
日曜の午後は、ずっと迷い悩んでいた。こうなったらダービー上位馬だけを選んでみようかとか、人気薄の先行馬のロングショットかもとか、どう考えても人気上位の一筋縄では決まらないだろうとか、芝の6Fで6秒ほどかかっているなら果たして菊花賞の決着タイムはどうなるのだろうかとか・・・雨の神様はどの馬を選ぶのだろうかとか・・・。ウーン、最後は神頼み…

2017秋華賞~京都・内回り芝2000m 

先週の京都大賞典を横山典サウンズオブアースを軸にして、いわゆる縦て目の抜けで取り損ねたために、意気消沈して過ごした1週間だったのだが、思わぬ結末が待っていて、土曜の午後には予期せぬ微笑みに包まれてしまった。

まあ、こういうことがたまにはなかったら、楽しみのない人生になってしまう。そう思うと、頬の筋肉はさらに緩んでしまった。

と言うのは、こんな流れだった。
縦目で逃した京都大賞典の落胆と反省は、私にはダメージが大きく、一瞬頭をボーッとさせてしまっていたようだ 。ボーッとした中で、エエイとばかりに、まだ消してなかったAパットのキー操作をして、京都大賞典の後に行われた岩手・盛岡の南部杯(交流G1ダート1600m)を、ほんの少しだけ馬連で買ってしまったのである。先行するだろう吉原ノボバカラから、連覇を目指す田辺コパノリッキー、中野省キングズガイ、川田ゴールドドリームへの馬連3点だった。

その後GCはつけっ放しにして、レースの生中継も見たが、ゴールインした瞬間、圧勝したコパノリッキーに目を奪われて、何と2着にはキングスガイが届いたのだと錯覚して、そのままTVを消してしまったのである。京都のショックが尾を引いて、やはり頭はボーッとしたままだった。

それから1週間、反省の日々で何とか過ごしていた。土曜の午後に明日の秋華賞の軍資金は少しはあったのだろうかと、念のためネットバンクを調べてみると、何と思いがけず予想外に増えていた。取引明細を見てみると、どうやらJRAから振り込みがあったらしい。JRAの購入記録を見ても、毎日王冠は的中だったが、その配当は京都大賞典で失くしていた。だからJRAから振り込まれる筈はなかった。

そこで思い当たった。そう言えば南部杯を買っていた。そこでAパットの地方競馬から南部杯の購入記録を調べてみると、ノボバカラとコパノリッキーの馬連を確かに買っていたのだ。しかもノボバカラが人気の盲点となって、馬連は万馬券の結果だったのである。その配当が、JRAから振り込まれていたのだった。

ヒャーッ・・・。私は、この1週間を忍耐と反省の日々で耐えていた。ああ、それなのに、それなのに・・・。と、なれば、1週間の反省と忍耐は、そもそも無駄なことだったのか?いや、それを言ったらお終いかも・・・。

とにもかくにも、結果を知らずにいた私自身が愚かであっ…

毎日王冠と京都大賞典~10月8・9日

これから本格的に始まるG1戦を前にして、やはり古馬戦線の重要なトライアルとなるのは、毎日王冠(東京・芝1800m)と京都大賞典(京都・芝2400m)だ。そしてこのレースを見終えると、秋G1の活況が始まっていく。

今年は、7日からの3日連続開催で、8日に毎日王冠、9日に京都大賞典が組まれた。世の中連休中で、頭の体操の退屈しのぎにもなったが、意外だったのは昼間の気温で、出走馬の多くは汗をタラタラと流していた。10月初旬の30度近い温度もきついものだ。すでに扇風機はしまっていたので、夕方まではエアコンをつけっ放しにするほどだった。

ここ数日で、今の日本社会の中枢には、信義も節度も闘う高貴さすらも決定的に欠如していることがはっきりして、それも大方の世論の反映した世相と情けなくなってしまっている身には、せめて一筋の気概を示した立憲民主には健闘して欲しいと願うばかりだ。
リベラルという言葉は、今世間で使われているような「左派のイデオロギー言語」では決してなく、本来、人間や人権・自由を尊重する精神を指すのだが、敢えて意図的な政治言語として壟断されてしまっている。実はジャーナリズムが最も尊ぶべき言葉こそ、不偏不党のリベラル精神であると、私は理解している。リベラルの同義語はサヨクでもマルキシズムでもない。対極にあるのは、国家主義、国権主義である。国の生存がなければ個人の生存もないと高々という輩がいるが、私に言わせれば、個人の生存なくしてそもそも国家機構など存在しえないのである・・・。
とか何とか、義憤を覚えながら、そのストレスも一瞬忘れて、8日の午後、まずは毎日王冠を迎えた。

GCの最終追い切りを見て、私の選んだのは、リアルスティール、グレーターロンドン、そして大穴なら力は足りないかも知れないが気配の良さが目立っていたウィンブライト。取り合えずその馬たちにオークス馬ソウルスターリングから流してみようか。
パドックを見終えて、どうも私の心はソワソワと落ち着かなかった。妙な騒めきが収まらなかったのである。すでにパソコンから決めていた馬券は購入してしまっていたが、それでも落ち着かなかった。

外国人ジョッキーから川田将雅の手綱に戻らなかったマカヒキは、もし好走するとしても次だろうと思っていた。その川田は仏凱旋門賞に乗せた陣営のサトノアラジンに騎乗する。

そのときふと閃いた。もし3歳牝馬ソ…